「しかし、サキちゃんとぶつかったなんて、マジで覚えてへんわー」
「真正面からぶつかっちゃったんです。その時転んじゃって、山梨さんが手を貸して引き起こしてくれましたっ」
「……あー! なんかそんなことあった気がするわ。この近くで女の子とぶつかったかもしれん」
「そうそう、それきっと私です!」
「でも、ぶつかったの、サキちゃんとは違う子な気がするんやけどなぁ」
山梨さんはいまいちピンと来ていないみたいで、訝しげだ。
うーん、運命の人とはいえ、痩せて見た目が変わったら気づかないかも。
「私、あの時からずいぶん痩せたんですっ。だからたぶん記憶の私と一致していないのかも」
「え、そうなん?」
「はいっ! 前は、七福神のえびす様に似てるって言われてて……」
「えびす様……えべっさんか! えぇ、マジで!?」
山梨さんがびっくりした顔で再度私を見る。
わわっ、めっちゃじっと見られてるー!!
「それがほんまなら、めっちゃダイエット頑張ったんやなぁ。たしか、結構大きめの子とぶつかった記憶があるから」
「はいっ、頑張りました! コーラ飲むのやめましたっ」
「コーラ!? さっきもコーラって言ってたし、サキちゃんコーラ好きやねんなぁ」
「はいっ! でも今はお水がお友達です」
「ははは、ええやん! でも好きなら、コーラも友達でええと思うで」
「そ、そうですかっ。では時々は飲みますっ」
わぁぁ、なんていい言葉!
『好きなら友達でもいい』なんて、甘いものもカロリーの高いものだって、時々ならいいって言ってもらえたみたい!
(やっぱり山梨さんは素敵だなぁ……!)
私に笑顔でいてくれてるし、優しいし、会話もポンポン続けられてるし、めっちゃイイ感じじゃない?
(あぁ、これから『運命の再会の仕切り直し』が始まるんだ!!)
『やっとわかったわ。サキちゃんがあの時の子か。実は忘れられんくて、ずっと探しとってん』
そこで山梨さんはポケットから指輪を取り出して―――。
『これ、サキちゃんのためにオーダーしててん。 結婚しよう』
(き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁああぁっ!!)
あぁぁ、ここで指輪が出てきても、24本(歳の数)のバラの花束サプライズがあっても、心の準備はオールオッケーです!!
妄想に悩殺されていたら、山梨さんが思い出したように頷く。
「あー、なんか思い出してきたわ。この店わりと閉まるの早いから急いでてな。会いたい人がおってんけど、早く行かな帰ってしまうかと思って」
(―――はっ!!)
“会いたい人”と言われた、そのワードに反応する。
それって……あの時山梨さんと一緒にいた、恋のライバルのお姉さんのことだ。
山梨さんの口からあのお姉さんのことを聞くと、胸がぎゅうっとする。
でも……アヤさんは私が乗り越えなきゃいけない相手―――ライバルなんだ。
「……その人って、」
「ん?」
「アヤさん、って方ですか?」
「お、サキちゃんはアヤちゃんのこと知ってるん? 今日入ったばっかりなんちゃうかったっけ」
「はいっ! でもさっき山梨さん、入口で言われてたじゃないですか。『アヤちゃんおらん?』って」
「あー、聞こえてたんや」
山梨さんは笑って小さく頷き、またふうっとタバコの煙を吐いた。
「そうやねん、なかなか会えんでなぁ。いつ出勤か、だいたいわかっとるんやけど」
そう言った山梨さんが、すこし寂しそうな笑顔だから、胸がまたぎゅうっと締めつけられる。
前に見た状況から、アヤさんはほかのイケメンさんも手玉に取っている感じだった。
山梨さんもそのことをわかってる感じだったのに、それでもなお、こうしてわざわざ会いにきてるんだもん。
(あ、アヤさん)
なんて羨ましいっ。
どれだけ羨ましい立場なんですかっ!!
心の中で嫉妬の炎がメラメラ燃え上がって、真っ黒こげになっちゃいそう……!
でもここで騒いだり取り乱したりしちゃ、素敵なオトナ女子じゃないもん。
くやしさとか、嫉妬は見せない!
綺麗に隠して微笑むのよ、沙織っ。
「それじゃあ、今日は残念でしたね」
目の前のグラスを持ち、一口飲んでにこっと笑う。
「そうやなー。でも、まぁよしとするわ。サキちゃんに会えたしな」
山梨さんも私を見てにこっと笑うから、一瞬息が止まりそうになった。
(#$%&@¥###$%$―――!!!)
そのセリフと笑顔、反則ですよっっ。
さすが運命の王子様、女心っていうか、私の心をよくわかってる!
(やっぱり、ここから運命の出会いの再開が始まるんだぁぁ!)
テンションが復活した私は、上機嫌で山梨さんのグラスにシャンパンを注いだ。
「今日はお仕事終わりですか?」
「あー……。まぁそんなとこかな」
シャンパンを飲む山梨さんは、笑っているけど、なんとなくはぐらかしたみたいだ。
「?」
「大阪とこっちを行ったり来たりしてるんやけど、明日は大阪に戻る日やねん」
「えっ、そうだったんですか!」
それは大事な情報!
急いで脳内にメモっ!!
「じ、じゃあ、大阪にはどれくらいいらっしゃるんですか?」
「んー、10日ほどちゃうかなぁ。予定は未定やから、帰ってみなわからんけど」
(そんなぁ……!)
10日も山梨さんがいないの!?
山梨さんがいないなら、このクラブでバイトする意味だってないし、言っちゃえばこの東京だって霞んで見えちゃうよ―――。
(どうしよう、じゃあ、次またいつ会えるかわからないのかな)
ほぼ毎日出勤していたら、いつかは会える気もするけど、でも。
(山梨さんの目当ては、アヤさんなんだ)
そうなると、出勤したって山梨さんが私を指名してくれるかはわからない。
せっかく会えたのに、遠くから見るだけは嫌……!
「や、山梨さんっ」
「ん?」
「山梨さんの連絡先、教えてもらえませんかっ?」
頭の中を巡らせ、思いついたのはこれだった。
そうだ、これしかない!
連絡先だけはゲットしたい!
「えっ?」
私のお願いに、山梨さんは大きく目を開いた。
(えっ!?)
えっ、って、びっくりされたことにビックリですがっ。
アヤさんには連絡先渡してたじゃないですかっ。
アヤさんはよくて、私はだめ、ってことですかっ!?
「連絡先なぁ。……うーん、そうやなぁー」
山梨さんは困った顔で笑っている。
やんわり断られたみたいでショックだけど、ここで気弱になっちゃだめっ。
ここで引きさがったら、次会えるかもわからないもん!
「わ、私、このお店に入ったばかりで、山梨さんは私の初めてのお客さんなんでっ! どうしても連絡先知りたいんです」
マンガ『お水の花道』だって、ホステスがお客さんから名刺もらってたし、きっとこういう時の正解はこれなはずっ。
私の訴えに、山梨さんは「んー」と、すこし弱った表情のまま笑う。
「サキちゃんは営業熱心やなぁ」
「はいっ」
「ええことや! でも、ごめんな。俺まだサキちゃんのことよく知らんし、もうすこし仲良くなったらかなぁ」
(そ、そんなぁぁぁ!)
笑って目を細める山梨さんを見ながら、今度こそじわっと涙が出てきそうになる。
仲良くなったら?
仲良くなるために連絡先がほしいんですよ、山梨さん―――!!
隠せないくらい「がーん」って顔をしていたらしく、山梨さんが「そんな顔せんといて」と慌てたように言う。
笑いたい、けど、断られたショックが大きくて笑えない……。
……いや、でも、笑うんだ、沙織。
恋には試練がつきものでしょ。
運命の恋とはいえ、そんな簡単にいかないのが恋よ……っ!
滅多打ちになった自分を奮い立たせ、ぷるぷる震えつつも口元を引き上げる。
「つ、次はいつ来てくれますか?」
「東京きたら顔出すわ」
「ほんとですか? 私を指名してくれますか?」
「サキちゃんがいたらするから、そんな顔せんといて」
「……はいっ」
指名してもらえる、という言葉をもらい、なんとか気持ちを立て直す。
「サキちゃんは№1を目指すつもりなん?」
そんなことは考えてなかったから、一瞬頭の中に?が浮かぶ。
「いや、営業熱心やし、そうなんかなーって思って。この仕事はほかでもやってたん?」
「いえ、ここが初めてです」
「じゃあホステスデビューが今日なんか! そりゃもっとお祝いせななぁ。フルーツでも頼むか? ほかなんか飲みたいものあるん?」
あぁ、山梨さんが気をつかってくれてるっ。
私にも気持ちを向けてくれてるんだっ、負けないっ!
「いえ、今は大丈夫です。ありがとうございますっ」
「遠慮せんでええで。てか、サキちゃんがこの仕事始めたん、なんか目的があるからなん?」
「え?」
言いながら、山梨さんは二本目のタバコを取り出す。
はっ、ライター!
山梨さんの近くでライターに火をつけると、山梨さんのまわりからふうっと白い煙が舞った。