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“目的”といえば、そう、私の目的はひとつだけ。
山梨さんに会うことのみ!
「私っ―――」
「失礼します」
口を開きかけた時、店長が山梨さんのもとへやってきた。
「アヤですが、明後日出勤になりました。山梨さまに「同伴しますか」とのことです。いかがいたしましょう」
「えぇ、そうなん! 残念、俺明日から大阪やから無理やわー。アヤちゃんにごめんって言っといて」
「かしこまりました」
店長と話す山梨さんの顔が、ものすごく残念そうだ。
そんな姿を見ちゃうと、おさまっていたジェラシーがメラメラ燃え上がっちゃうよ―――!
考えないようにしてるけど、でも。
正直アヤさん、ほんとに、本気で、マジでっっっ、羨ましい―――!
(私も山梨さんに残念がられたいよっ、そしてそして、私も山梨さんの連絡先、もらいたかったよ―――!(泣))
店長がいなくなると、山梨さんはふうっとタバコの煙を吐き出し、背もたれにもたれかかる。
「あぁ、なんの話やったっけ。そうや、サキちゃんはなんか目的があって働いてるん?」
「そうですっ」
「そっかぁ」
「山梨さんっ」
「ん?」
だめだ、モヤモヤと苦しさが抑えられない。
聞きたくないけど聞きたいっ!
「山梨さんは、そんなにアヤさんが好きなんですかっ!?」
勢いのままに尋ねると、山梨さんの目が大きく瞬いた。
一瞬の間を置いて、ははは、と声があがる。
「なんやサキちゃん、ヤキモチか?」
「はいっ、ヤキモチですっ! それもめっちゃですっ!!」
「おー、可愛いこと言ってくれるやん」
山梨さんはタバコを持っていないほうの手で、私の頭を撫でた。
(さ、ささ、さささ触られた!)
ぱぁぁぁっと舞い上がって、メロメロになっちゃう。
やばい、髪洗いたくないっ、でも汚いって思われたくないっ。
「サキちゃんは、なんか、擦れてへん感じやな。正直サキちゃんみたいな子は、あんまりこういうとこで会わんわ」
「そ、そうなんですか? 山梨さんはよくクラブ利用されるんですか?」
「まぁまぁかなー。馴染みのとこができたらフラッと行きやすいし、気晴らしみたいな感じで使ってるわ」
「そうなんですね」
じゃあこのお店は“馴染み”ってことだよね。
ここで働き続けていたら山梨さんと会っていられるはずっ。
「……てかさ、サキちゃんはこの仕事、これが初めてって言ってたやん」
「はい」
「直球で言っていい? 目的があって働いてるって言ってたよな」
「はい」
「それ……。だれかに俺に接触して、とか言われたからなん?」
(……えっ?)
山梨さんの声音は変わらず穏やかで優しい。
けど、感じる雰囲気が変わった。
なんとなくだけど視線がピリピリしたものになって―――。
(えっ??)
言われた意味がわからない。
『だれかに、俺に接触してと、言われた』って??
ぽかんとしていると、山梨さんはじっと私を見つめる。
わわっ、そんなに見られたら照れちゃう!
って、山梨さんの顔、なんか「やっぱり」って思っているっぽくない?
(……えっ、じゃあ)
待って。
待って待って。
じゃあ……山梨さんは私の“目的”を知ってるってこと?
びっくりして声の出ない私を見て、山梨さんは自分の仮定が真実だと結論づけたらしい。
「だれに言われたん? あ、大丈夫、サキちゃんは責めんから」
「えっ!? いやっ、だれにも言われてないです!」
「でもさっき固まってたやん」
「それはっ」
そりゃあびっくりしちゃいますよ!
だって、だって、私たちは以心伝心ってことですよっ。
言わなくても私が山梨さんを追いかけてきたって、知ってくれてたなんて……!
「山梨さんが」
「うん」
「私がここで働き出した理由に気づいてたのに、びっくりしてっ」
山梨さんはそこですこし目を細める。
驚かないってことは……やっぱりそうなんだ!
「前にぶつかった時に、山梨さんのこと運命の人だって思ってっ」
「―――えっ?」
「電気みたいなのがビビッと走って! でも山梨さんはそのまま行っちゃって、電子タバコも落としてたから、届けないといけないと思って、それで―――」
「ちょ、ちょっと待って、サキちゃん」
山梨さんは、慌ててタバコを灰皿に押しつける。
「え、それ……。ほんまに言ってる?」
「はい! ていうか、知ってて聞かれたんじゃないんですか?」
「いや、え――……」
鋭い目から一転、山梨さんは唖然としたように目を瞬かせている。
(? どうしたんだろう)
様子が変わったことを不思議に思っていると、山梨さんは戸惑いながらこちらを見た。
「……俺の名前知ってたやん? それは、なに?」
「それはっ」
これを言ったら、ちょっと引かれちゃうかもしれない……。
だけど……ほんとのことだし、言っちゃえ!
「会えなくなるのがヤだったし、電子タバコ届けなきゃって思って、後を追いかけたからですっ。そしたら山梨さんがアヤさんと会って、アヤさんが山梨さんの名前を呼んだから、そこで知って」
「あ――――………」
そこで山梨さんは上を向き、片手で顔を覆った。
「ど、どうされましたか」
「…………いや。そうやったんや」
「はいっ」
「確認やけど、それ、ほんま?」
「はいっ」
山梨さんは手の隙間からちらりと私を見る。
わわっ、その姿もかっこいい……っ!!
手の隙間越しに目が合うと、山梨さんは脱力したようにソファーの背もたれに体を預けた。
「……つまり、俺のことは、ぶつかって、俺がタバコ落としたから追いかけてくれて、それで知った、みたいな感じ?」
「はいっ。アヤさんといるところを見て、あんな人がタイプなのかなって思って、頑張ってダイエットして、ここでバイトすることにしました! 山梨さん好みの女を目指したんですっ。だから―――」
「ちょっと待って、」
山梨さんが背もたれから体を起こし、私を見る。
わっ、急に動いたからびっくりしたっ。
山梨さん、さっきも驚いていたけど、さっきとは違った驚き方だ。
「まさか」みたいな、でも彼の中で答えも出ているような感じもする。
山梨さんは口を開くのをためらったようだ。
でも、ためらいながらも、私のことをじっと見る。
「俺のこと、好きなん?」
淡々とした話し方。
でもその言葉が持つ破壊力に、息が止まりそうになった。
(#$%&@¥###$%$―――!!!)
やばいやばいヤバイやばいっ!!
ド・ストレート、ド・直球っっ。
そんなふうにじっと見られたら、死んじゃう――――っっ!!
山梨さんは私を見つめたまま動かない。
へへへ、返事しなきゃっ、って私、頬があっつい!
変な顔なのかな、山梨さんめっちゃ私のこと見てるっ!!
てんぱって声がだせずにいると、山梨さんが困ったように笑った。
「サキちゃん。俺、自分で言うのもなんやけど、彼氏にしたらええ男やと思うわ」
「……へっ?」
「マメやし、女に優しいし、遊びもそこそこ知ってるし」
「えっ、あっ」
な、なになに、急になんの話?
(はっ、もしかして!!)
私が山梨さんを好きって知って、自分から告白しようとしてくれてるのかもっ!!
なんて紳士なの!!
「サキちゃん、本当はなにちゃんなん?」
「え?」
「ここでの名前じゃなくて、本当の名前、なんなん?」
(やややや、やっぱり!!)
本当の聞かれる理由なんて、ひとつしかないよねっ!
頭の中でカラーンカラーンと鐘が鳴り響く。
頭上に見えない白いハトも飛んでるっ!
「さ、沙織ですっ! 滝沢沙織っていいます!!」
「沙織ちゃんかぁ。カワイイ名前やな」
「あぁぁありがとうございますっ」
ふっと笑った山梨さんは、今までで一番ステキな笑みだ。
あぁ、お花のエフェクトも飛んでるっ!!
マボロシでもなんだか甘い匂いがするし、心まで溶けそう~~っ!!
くらくらする私を見つめたまま、山梨さんが苦笑いをこぼした。
「沙織ちゃん、」
「は、ははははいっ」
「俺、“沙織ちゃん”と恋するとかは無理やねん」
(―――えっ?)
「“サキちゃん”となら、たまにここで会えるけど」
(えっ。えっ、えっ、えぇぇぇぇ――っ!!)
ガ――――――――ン
ガ―――――――――――ン
ガ―――――――――――――ン
衝撃でふわふわした酔いが吹っ飛んだ。
想像のアルミタライが落っこちてきたどころじゃない、鉄アレイで頭を殴られたみたい。
「な、なんでですかっ!? サキとしてならいいけど、沙織としてはダメってことですかっ!?」
「ダメっていうか……、まぁ、そういうことになるんかな」
そ、そんなぁぁぁ~~~!!
口から魂がぬけたみたいに呆然とする。
廃人寸前の私を見て、山梨さんは弱った目で付け加えた。
「ごめんごめん。こんなこと言うつもりなかってんけど、でも、もし俺のこと好きって思ってるなら、はっきり言っとかなと思って」
それは悲しいNOのお返事にほかならなかった。
あぁ……。
K.O、ノックアウトですよ。
なにか言いたいのに声が出せない。
やばい、涙がじわっと出てきそう。
「そ、それって、仕事上の理由ですか? 私がホステスだから?」
「うーん、そういうわけじゃないなぁ」
「じゃあ、好きな人がいるからですか? それが……アヤさんなんですか?」
なんとか絞り出した声はやっぱり涙声で、それを聞いた自分が泣きそうになる。
「好き、か。……どうやろな」
山梨さんはまた苦笑いだ。
たぶんだけど、はぐらかされた感じがする。