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「今日も、すまないな。」
この日の仕事を終え、私は一人、この男のもとへ向かった。
打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた薄暗い一室に、低い二つの声が響く。
「母方の弟の異母姉の叔父の…。もう何親等かもわからない。親戚とすら、呼べないのかもしれぬ。それなのに、私を見捨てぬとは…。」
「なに。俺もムショから出て、再びこの組に拾われた身。恩返しをしたまでだ。それに、遠いとはいえ、少しでも血縁のある奴なら、尚更だろう。」
「そうか…。Grazie(ありがとう), 礼を言うぞ。」
「その挨拶…まあいい。明日も、カチコミか?」
「ああ。いつもみたいに…よろしく。」
そう言って私は、男の前で、「秘密」を露わにする。
「胸の上まで…きつく、頼むよ。」
「よし、息を吸え。」
私は深く息を吸い、裸になった上半身を極限まで薄くする。
腹部から胸全体を覆うように、サラシがきつく巻かれる。
「お前…。」
私の身体にサラシを巻きつける手を止めて、男が口を開く。
「それ、永遠に黙ってるつもりなのか…?」
「…他に何がある?」
「…舎弟たちの誤解を解くためにも、俺は話してもいいと思うが。」
「少なくとも今は無理だ…。今後も抗争が勃発する恐れがあるというのに、敵に知れたらどうする。」
「確かに、お前の言うこともわかるが…。俺はお前が舎弟たちから恐れられ、そして影で嫌われているのが、見るに耐えないんだよ。」
「私の心配など、しなくてよい…。」
「…お前、苦しいんだろう?」
「…ッ。なにを今更…。」
「俺に隠し事をしても無駄だ。」
「…ッ。軽々しく言わないでください!レオニーダとは、イタリアの、男性の名前です。好きな俳優がいたとかなんとか、親の気まぐれで、生まれたときから身も心も女の私に、つけられたのは男の名。思春期に、マフィアに入ってからずっと、男のフリで生きてきました。日本にもイタリアにも、私の居場所はないように、私は男にも、女にもなりきれず…」
「玲! 」
男は一瞬、厳しい声で私を呼んだ。
そして声を落として続ける。
「女でいたけりゃ女でいろ。俺はお前に居場所を与えたくて、この組に引き入れた。だがな、そのあとここが、お前の本当の居場所になるかどうかは、お前次第なんだよ。」
「…。」
「郷に入っては郷に従えと言う言葉もある。確かに、この街から一歩たりとも出たことのないような舎弟の目には、異質なお前は気味悪く映るのだろう。だが俺はお前にも、もう少し、あいつらに歩み寄って欲しいんだ。」
「…。」
「あいつらは確かにお前のことを何もわかっていない。だがお前はどうだ? 居場所はないと啖呵を切ったが、居場所を作ろうとしたことはあるのか?」
そう言って男は部屋を出ていった。
マフィアに入ってから今まで、つけられた名は「男装の麗人」。
男と同じ訓練を受け、男以上に秀でること。私が教えられたのは、これだけだった。
それを今更、女だと明かして居場所を作れと…?
半信半疑ではあったものの、その言葉は私の心の一番深い所のそのさらに奥にある、ずっと昔に眠らされた何かを呼び覚ますようだった。
遠くの親戚より近くの他人というが、それは常に正しいのだろうか。