コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
Real
Side Red
「ただいまー」
いつもの仕事を終え、いつもの樹との家へ帰る。
何気ない日常。何気ない、「あたりまえ」。
違うのは、樹からの返事がないことだった。
「あれ? どこ?」
靴は玄関にちゃんと揃えて置いてあるし、出かけたというメッセージもない。
俺は焦って中へ入る。
「樹! 大丈夫?」
すると思いがけないところから声がした。
「ここだよージェシー」
リビングの、ベランダに続く掃き出し窓が開いている。そこからひょっこり樹が顔を出した。
「あー…ビビったぁ、どこ行っちゃったかと思って…」
「ごめんごめん」
「いやほんと、倒れてんじゃないかって怖かったんだよ。ちゃんと返事して?」
「したよ」
じゃあ、聞こえてなかっただけか。俺はちょっとショックを受ける。
「何してたの?」
「別に、外見てた」
外って言っても、真横はビルの壁面しか見えないんだけど。
「ほら、身体に毒だからこっち来な」
声を掛けると、樹は少しだけ寂しそうな顔をする。
俺の心配の種は、彼が持つ病気。
もうあまり永くはないかもしれないから、俺のすべてを彼に注いでしまう。
「ジェスさ、最近難しい言葉も覚えてるよね。特に…医療用語とか」
「…それは…」
「俺のせいなのかな。こんな俺がお前の恋人で、ごめんな」
「そんなことないって」
樹のそんな悲しい笑顔、初めて見た。
楽しくて笑ってほしいのに、俺のために無理して笑わせてる。
ごめんなのは、俺のほうだ。
「……ご飯食べよっか。樹の好きな総菜買ってきたよ」
「そうなの? なになに?」
「じゃーん。帰りにマネージャーとスーパー行って、なんかおすすめって書いてあったから」
「ハンバーグだぁ。うまそう」
病状が進んできて食欲もなくなってきたけど、こうして好きなものに反応してくれるだけで俺は嬉しかった。
「座っててね。今準備するから」
「サンキュ」
味噌汁を作ったりご飯を温めたりしている間に、たまに鼓膜に届く樹の咳。
「薬飲んだ?」
「ん、一時間前くらいに」
ほんとはもっと掛けたい言葉がたくさんあるんだけど、ひとつだけに留める。
あんまりたくさん心配をぶつけられても嫌だろうから。
でもやっぱり、優しくしたくてたまらない。樹のことを、これ以上ないってくらい愛してるから。
だけど愛しているから、俺の優しさで樹の気持ちを潰してしまうんじゃないかって怖い。
「できたよ。このくらいでいい?」
「おん」
もともと少ない量が、さらに少なくなったこの頃。
ひとつひとつの変化が悲しい。けれど、仕方ないことなんだ。
「「いただきます」」
おいしい、と樹は笑う。
おいしいね、と俺も笑う。
これが本当の幸せなのかもしれない。お金持ちになるとか、いいものを買うとかじゃなくて、
大切なひとがそこにいること。
いや?
大切なひとがそこにいる奇跡を、感じることだ。
それだけできっと、人は幸せになれる。それはほとんど魔法みたいだ。
「今日みんなどうだった?」
「んとねー、大我がなんか新曲作って披露してたよ。で北斗がすげー聞き入ってた」
「おお」
「慎太郎とこーちも元気だよ。今度、みんなでうち来たいって」
「そっか。楽しみだ」
「……ねぇ樹。俺は幸せだよ」
「ふふ、それは嬉しいね。俺も幸せ」
この幸せは、そう遠くない未来に幕を閉じる。
それでもその続きは、俺の心にずっとある。