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その反応を確認した大葉は腕の力を少しだけ緩めると、ゆっくりと噛んで含めるように言葉を紡いだ。
「お前のそれな、病気とかじゃねぇから」
「えっ?」
「恋愛もの書いてるんなら知識くらいあんだろ。――恋のときめきってやつ」
「こ、いの……とき、めき?」
「ああ。何か気付いてないみてぇなのがめっちゃムカつくんだがな。――羽理、お前は、胸がざわついて苦しくなっちまうくらい俺のことが好きなんだよ」
自分も同じだから分かると続けたら、羽理が瞳を見開いた。
「いい加減、自覚してくれ」
***
いきなり大葉から不整脈だと思っていた胸の痛みは病気などではなく、恋のときめきなのだと明かされた羽理は、どう反応したらいいのか分からなくて固まってしまう。
「自覚しろって言われても……私、私……」
本当に目の前の大葉のことが好きなのかどうかすら分からないのだ。
(腹立たしいくらいハンサムなのは認めてますし、そんな見た目の割に話しやすくてギャップ萌えなトコも嫌いじゃないですっ!)
それに――。
作ってくれる料理も絶品で、大葉から手料理を食べさせてもらえると思うだけでヨダレがジュワリと湧いてきて胸が躍ってしまう。
でも――。
それを恋心だと断じるのは、何か違う気がした羽理だ。
「なぁ羽理。俺は正直お前が倍相や五代と一緒にいるのを見るだけでも、すっげぇムカつくんだよ。胸の辺りがモヤモヤして自分でも感情のコントロールが付けられなくて参っちまう」
眉根を寄せて、大葉が己の心情を吐露するのを見て、言われてみれば、自分が二人と話している時の彼は、確かにおかしかったな?と思い出した羽理だ。
それこそ、やけに不機嫌になってさしたる用もないのに部長室へ呼び付けてきたり、会話の途中なのに話を遮って羽理を連れ去ろうとしてきたり。
(モヤモヤさせてしまっていたのだとしたら、確かに申し訳ないことをしました)
一応にそう反省してみた羽理だったのだけれど――。
「わ、私っ、二人とは何にもない……です、よ?」
思わず語尾がしどろもどろ。言い訳するみたいにそう言ったら、「それでも、だ」と溜め息混じりに大葉がつぶやいて、羽理を抱く腕にグッと力を込め直してくる。
「あ、あの……」
ギュッとされるのはやっぱりとってもソワソワして恥ずかしくて……心臓がバクバクして苦しくてたまらないからやめて欲しいのだと羽理は涙目で大葉を見上げたのだけれど。
「俺はお前を好きになるまで、自分がこんなに嫉妬深いとは思わなかった……」
切ないぐらいに真っすぐな瞳で見つめられてそんなことを言われた羽理は、胸がキュッと苦しくなって言葉に詰まってしまう。
「わ、私なんかのために嫉妬だなんて……ホントですか……?」
「お前だからこそ、だ。なぁ、羽理。俺の好きになった女を〝私なんか〟とか卑下するなよ」
ここまで自分のことを崇拝?してくれる大葉に、今日のお昼は倍相課長と公園でお弁当ランチをしちゃいました……だなんて言ったら、どうなってしまうんだろう?
(内緒にしておいた方がいい、よ、ね?)
そんなことを思ってから、別に大葉がどう思おうと今までの羽理ならそんなに気にならなかったはずなのに、何故今回はそんな風に考えてしまいましたかね!?と思い至って思考が停止する。
「あ、あの……私……」
「ん?」
――お昼に倍相課長と二人でお弁当を食べました。
分からない感情に支配されるくらいなら、いっそのことさらりと白状してしまえばいいと思うのに、羽理はやっぱりそれが出来なくて。
「好きとか嫌いとか……嫉妬するとかしないとか……よく分かりません……。ごめんなさい……」
気が付けば、全然違うことを口走ってしまっていた。
心にやましいことがあるからだろうか。
自然と視線がブレて、羽理はとうとう堪えきれなくなって、うつむいてしまう。
「ホントに……分からないのか?」
なのにまるでそれを許さないと言いたいみたいに、大葉にそっとあごに手を添えられて上向かされた羽理は、ソワソワと視線をそらせる。
「なぁ、羽理。例えば、なんだがな。――俺がお前を放っぽって羽理以外の女と親しげにしてたとしたらどうだ? 平気か?」
あごを掴まれたままそんなことを問われた羽理は「へ、平気に決まってますっ」と答えたのだけれど。