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窓枠から差し込む光で目を覚ます。ふらりと起きて、社内のシャワー室へ向かった。
最近はここで寝泊まりし続けているので、会社が自宅のようになってきている。
今日も残業だろうか。終電に間に合えば良いけど。
「おはようございま〜す…。」
「レウさんおはよう。昨日寝られた?ここのベッド硬いでしょ。」
「コンちゃんこそ一睡もしてないでしょ。始業までに寝てきなよ。」
「う〜ん…じゃあこれやってくれる?あと仕上げだけだから。」
「おっけー。」
俺はまあ、いわゆる社畜だ。
同期のコンちゃんと一緒に、ほぼ毎日残業を続けている。
そろそろ給料くらい上げてくれないだろうか。
コンちゃんは打たれ強い性格なので、夜は一切寝ずに仕事していることが多い。いつ寝ているんだろう。
俺もそれなりのスタミナはあるつもりだけど、どうしたって眠気に負けてしまう。
「よっ…し、今日もやるかぁ〜。」
コンちゃんのデスクに座って、やりかけの仕事に手を付けた。
発注先に電話して、リストに記録を残して、最後にデータを保存する。
新卒の頃と比べれば、だいぶ作業も早くなった気がする。コンちゃんには勝てないけど。
「ただいま〜。」
「え、早くない?寝た?」
「いや、シャワー行って、着替えて仮眠室行って寝て、すぐ目が覚めたんだよね。」
「作業早すぎるしすぐ目が覚めたのはたぶん重症だからもっと寝てきていいよ?」
「…睡眠薬切れてる。」
「買ってこようか?仕事終わらしといたよ。」
「お母さんありがと〜。時間ないし、あとで寝るから大丈夫。」
「誰がママだよ。あと、それ言った時絶対コンちゃん寝ないからね?」
軽口を叩きつつ、下の階へ降りて社内売店へ向かう。
数秒後、違和感に気付いてコンちゃんのもとへ帰った。
「…ねえコンちゃん、今日って何日だっけ。」
「え〜っと、7月18日金曜日…あ。」
「今日、確か会社の創立記念日で休みじゃなかったっけ?」
「だから始業時間になったのに誰も来ないしチャイム鳴らないのか…。」
「久しぶりの休みじゃん。帰ろっか。」
「うわぁ…この通勤ラッシュ時間を逆走すんのか。」
「しょうがないよ。会社に居るよりマシじゃん。」
荷物をまとめて会社を出ると、久しぶりに浴びる陽の光に目眩がした。
出勤以外でまともに外に出ていない。最近は残業漬けだからそれすらもなかった。
満員電車から降りて、強くなる陽差しに疲弊しながらもなんとか自宅のマンションに辿り着く。
「ただいまぁ…。」
暗い部屋に一声かける。
実家暮らしの頃の癖が今でも残っていて、時々こんなふうに意味のないことを繰り返している。
これも一つの習慣で、返事なんて返ってこないのに。
「誰…?」
ふと聞こえた、あどけない声。
返ってこないはずの、疑問形の返答に反射的に顔を上げた。
「…俺、は」
はっ、と息が揺らぐ。
また、失くさないように。傷つけてしまわないように。
死に際を、悟らずに済むように。
「俺は、レウクラウド。」
「…そう。」
聞いてきた割に素っ気ない返事をして、声の主が近づいてくる。
俺の背後からの光で、その姿が露わになる。
青いニット帽と大きめの羽織、ふわりと靡く赤いマフラー、それを纏う幼い少年。
「君は?」
「俺は…らっだぁ。」
「そっか。…ここに住みたい?」
「うん。レウ…さん、の、家だった?」
こてんと、感情の読み取れない顔で首を傾げるらっだぁ。
「そうだよ。ずっと帰ってなかったけどね。」
「ここに居ても、…良いなら。」
見た目の齢に似合わない、大人びた言葉に俺は頷く。
「いいよ。ここに居て、良いんだよ。」
新しい習慣が、ひとつ増えそうだ。