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「えっ、依頼?」
スメールの依頼はほとんど片付いたはずだけど。
「はい。ですが、ちょっと条件が特殊で…」
どんな国でも同じ顔をして淡々と話すキャサリンさんを見ていると、慣れない地でも安心する。
スメールに来るのは数ヶ月ぶりで、もうやることは尽くしている。俺が何故スメールにまた来たかというと、ナヒーダに「たまには顔を見せて頂戴」と言われたからだった。モンドや璃月にはよく行くが、思えば好きな地のスメールを後に考えていたのだ。ちょうどいい機会だしスメールの空気を吸おうと思って来たところ、キャサリンさんに声をかけられた。
「今回の依頼は、ニィロウさんと一緒に受けてほしいんです。依頼者からの要望で。内容は…キノコンを5匹連れて来て欲しい、とのことです。」
…ニィロウ、その名前も久しぶりに聞く。たしかに人と共同で依頼を受けろとは言われたことがない。この依頼に、ニィロウも関係しているのか…
「空、大丈夫なのか?1人の方がいいんじゃ…」
パイモンの言う通りだ。何せ、ニィロウは戦闘をあまり好まないだろう。それも、愛らしい見た目をしているキノコンなら尚更。俺だって罪悪感を抱きながらキノコンを倒しているんだ。ここは丁重にお断りを…
「任務達成で5万モラです。」
「受けます」
するつもりだった。けれどやっぱりモラの方が大事だ。依頼者の意図はわからないが、キノコンをニィロウと一緒に5匹連れて依頼者の元へ行くだけで5万モラ。いつもの依頼は2000もいかないくらいなので、これは好条件。受けない手はない。
「…ありがとうございます。時間は…今日までで…」
話を聞きながらパイモンと目配せをする。パイモンもモラに釣られているようで、目からお金のことしか考えていないのがわかる。 …そういえば、なんでニィロウなんだろう。
「ニィロウ」
変わらない日常で、いつものようにズバイルシアターで練習していると聞き慣れた声に遭遇した。
「………え?旅人!?かっ、帰ってきてたの!?どうしよう、おもてなしした方が…!」
「ううん、大丈夫。今回はニィロウに話があって来たんだ。」
数ヶ月ぶりに会う旅人は、相変わらずいい匂い。それでいてぽわぽわ〜っと、穏やかな雰囲気を放っている。変わったことと言えば、少し睫毛が長くなったり、後は…髪の毛も長くなっているかも。少しずつ女々しくなっていく旅人を見ると心配になる。いつか女の子と間違われるんじゃないかな、って。
「ニィロウ、一緒に依頼を受けてほしい」
「…へ?」
あまりに突然な告白で、私らしくない素っ頓狂な声をあげる。旅人と、一緒に依頼?
「いっ、依頼ってどういうこと…?」
「今回の依頼者からの要望らしくて。ニィロウも依頼を引き受けてはいるんだよね?名指しだったから、そうなのかなって。」
ああ、言われてみれば。 そういえば少し前に依頼を引き受けていた気がする。ただ、その共同の相手が旅人って知らなくて…
「…い、いの…?バトルとか、得意じゃないけど…」
旅人が受けるってことは、おそらくバトル系のはず。でも私はそういうの得意じゃないし、足を引っ張っちゃうかも。
「キノコンを5匹見つけて、それを依頼者に連れていけばいいんだって。もちろん道中で敵に遭遇…とかはあるかもしれないけど、大丈夫だよ」
「私、キノコン可愛くて大好き!なんだろう、できる気がしてきたよ。多分敵と会う回数も少ないよね?それならできるかも…」
旅人には申し訳ないけど、一緒に依頼を受けられる方が嬉しい。キノコンに会える依頼も初めてだから、上がった口角がなかなか戻らない。
「俺もキノコンに会いたい、3時間後、またここ来るね。」
忙しいのか喜ぶのも束の間、すぐに去っていってしまった。でも、最後に見た顔は小さく「えへっ」と笑っていて、まるで美少女の様だった。私はどちらかといえば大人っぽい印象を与える顔なので、旅人の童顔がすごく可愛く思える。それは性別すらも忘れさせるくらい。
「ん、パティサラプリンを食べた後だからかちょっと甘いかも…」
依頼の前には食事、ショッピングなど、スメールでしか味わえないものを散々楽しんだ。チートデイという言い訳をつけて、今日は甘いものを沢山食べた。ナツメヤシキャンディ、パティサラプリンなど…食べたものは色々あったけど、中でもこれらが美味しかった。
「あ、ニィロウ」
あとでズバイルシアターに行くつもりだったけど、ニィロウの方から来てくれたみたいだ。迷惑をかけて申し訳ないが、スメールのことならニィロウの方が詳しいし一石二鳥。
「旅人、そろそろ時間だよ!早くキノコンに会いに行こう!」
かわいいから会いたいんだろう。俺も同じだ。キノコンは触り心地がよくて目がかわいい。こちらが友好的な態度を見せると甘えてくれるし後からぽてぽてとついてきてくれる。ニィロウにとってはズバイルシアターでいつも練習しているからスメールシティの外に行く機会も少ないだろう。
「うんっ、俺もキノコンに会いたい。もう行こっか。」
出発することになり街中を歩いていると、老若男女が「ニィロウさん、英雄と一緒に行くんですか?」や、「いってらっしゃい、ニィロウお姉さん!」と、ニィロウに対する声が聞こえてくる。いつもスメールのために貢献しているニィロウは人脈も広いと思っていたが、ここまでとは思わなかった。それに応えて手を小さく振るところも、人柄の良さが滲み出ていた。
「よし、旅人!そろそろ外に出るよ!」
「うん。敵が出ると思うから気をつけてね」
「うわあ…!久しぶりに見たかも!キノコもあるよ!っあ、違かった、キノコンだよね!」
言動から喜んでいるのが目に見える。もちろん、それはニィロウだけじゃなくて俺もだ。特産品もあるのでいっぱい取っていく。特にここら辺はスイートフラワーが多くて助かる。2人とも色々抱えながら少し早足で任務場所に向かう。
川に沿って下っていくと、怯えているキノコンの前に、敵がいた。
「…ニィロウ、行ける?」
目を合わせると、アイコンタクトで返してくれた。ニィロウは戦闘が得意じゃないので、俺が中心だ。任務でも人を守りながら戦うことは経験していたので、今回もいける、と油断をしていた。
「っ!」
敵との体格差があって、中々距離を詰められない。そういえばスメールの敵はガタイのいい敵がいるんだった。完全に余裕の表情をしていたのに、一気に崩される。
「旅人!!」
ニィロウの焦った声が聞こえる。咄嗟に大丈夫、怪我はしていないからと笑顔は作るものの、体力が多くて厳しい。相手も同じ様に険しい顔をしながら攻撃を仕掛けてくる。
「あ、」
避けようとしたら何かによって阻まれる。刹那、相手の拳が頭に当たり、視界がぐにゃりと歪む。これやばい、脳震盪だ。なんて呑気な考えをしながら脳と体は比例して一緒に力無く倒れていく。スメールの敵を甘く見ていた。ニィロウには迷惑をかけちゃうかも、ごめん。
倒れる前に一度上を見ると、体を抱えられている感覚がした。
「旅人…?」
心配して横に目をやると、目の焦点があっていない旅人がいた。倒れる。そう思ったときには、すでに体が動いていた。
「旅人、目を覚まして。」
生憎旅人の体は汚れていない。むしろ清潔で、鼻を刺激する血の匂いもしないくらい。でも意識は失っていて、呼びかけても返事はなかった。私のことを笑顔で見てくれた旅人が、いろんな国を救ってきた旅人が、力無く、倒れている。すぐに胸に顔を近づけると、とく…とく…と小さく音が鳴っていて、安堵する。どうしよう、帰るべきなのかな。そう思ったけど、この状況で逃げるのはほぼ不可能だろう。
「…ねえ、空は帰ってくるんだよね?」
…ここで記憶の欠片は力を失った。
「…あれ」
眠っている間に何があったんだろうか。周りを確認しようと隣を見てみると、なぜかベッドの布団にしがみつくニィロウの姿があった。うーん…と唸り、顔を顰めながら手を丸めて眠っている。薄らはみ出たソレをみると、暗くなったガラスのようなもの。
奇妙な夢を見ていたのは、これが原因だったのか。
妙に生々しくて、まるで他人から見た視線だった。夢の中の俺は、目を覚まさなくて……
あ、ダメだ。 考えると頭の中が歪み、眩暈がしてくる。ドサッという音を鳴らしながら自分を落ち着かせるためにまた布団に倒れ込む。鼓動が速くなって、吐き気が自分を押し潰す。こんなところで、しかも俺の家じゃない。
「空!!!!!」
息苦しそうに堪える声が聞こえたのか、布団の音で起きたのか、理由はよく分からないけど、起きたばかりの眠気なんて吹き飛んでいるのかニィロウはしっかりしている。
「っは、に、ぃろ、くるし…」
こちらの顔を伺いながらゆっくり背中を押してくれる。トン、トンと規則性のある音で落ち着いたのか吐き気がおさまってくる。
「ご、め…ニィロウ…」
かの旅人とは思えないほどか細い声で、自分の弱々しさに涙が出てきた。
「…大丈夫。落ち着いて。」
優しく、柔らかく、温かい声で包み込んでくれる。
「……旅人、いつもはすぐ風邪とか治るんだよね?何か原因があるのかも。…立てる?」
「…うん」
病み上がりなのにごめん、そう言ってるニィロウからは彼女の温かい心と芯の強さが読み取れる。実際、熱を出すことはあっても俺は1日で治る健康体。熱で吐き気なんてそんなこと暫くはなかった。
「クラクサナリデビ様のところへ行こう。ほら。」
手を差し出すニィロウは『抱っこ』の合図。羞恥心なんか忘れて、素直に身を任せる。あれ、そういえばこの光景、既視感があるような。
「…そうね、この様子から見るに、『取り憑かれている』かもしれないわ」
「…取り憑かれる?」
クラクサナリデビ様の言う事に間違いはないけど。取り憑かれる、そんな物語のような話はスメールにはなかった。あまりに非現実的な話に鸚鵡返しをする。
「ええ、最近噂になっているのよ。詐欺師がいる…なんて。モラと引き換えに、その冒険者は取り憑かれるなんて言われているわ。勿論、引っかかった人は間に合ったようで、まだいないけど。今回が初めてのようね。」
眉を下げて苦笑しながらも真剣に考えるクラクサナリデビ様。多分、クラクサナリデビ様の診断結果は正しいのだろう。
「『取り憑かれる』、旅人の人格は勿論変わってもいないし体の中に存在しているわ。その旅人の肉体をコピーした存在がいる…そう考えて。依頼者はその肉体に入りこんで、旅人の視点と同じ視点で過ごしている。…旅人の行動に問題はなかったかしら。何かおかしな点があったら依頼者は旅人の肉体を一部操っているの。といっても、旅人は例外。完全に操ることは普通の一般人ではできないわ。」
確かに、旅人の様子にいつもと違ったところは見られなかった。……あっ、そういえば…
「…ありました。戦闘中に、転んだ訳でもなく、ただ足が動かなくて、攻撃が避けられなかった。多分ですけど…。私の目にはそう見えたんです」
「ビンゴね。それなら、旅人は取り憑かれている、治療をしなくてはいけないわ。」
今まで軽そうにふわふわとしていたクラクサナリデビ様は、急に気持ちを切り替えて旅人を見る。そうだ、旅人を元に戻さなくちゃ。
「…どうやって治すんですか?」
「接吻ね。」
接吻。理解ができなくて、反芻してからやっと意味を噛み砕く。く、クラクサナリデビ様の口からそんな言葉が出るなんて…!?!?
「あら、ふふ。言うでしょう、童話の王子様が接吻でお姫様を起こす、なんて話…。刺激を与えるともう一つの肉体が逃げていくのよ。」
童話の王子様…私が…!?クラクサナリデビ様から見て私がそんな存在に見えるのは嬉しいけど、王子様なんて似合うのかな。
「…ここで、ですか…?」
「それは心配しなくても、私がいないところでやってもいいわ。だって、恥ずかしいでしょう」
それは…そう。でも、こんなかわいい旅人に、いいのかな。私が…キス…しても。長い睫毛が、いつもは揺れるのに動かない三つ編みが、ゆっくりと鳴る鼓動が 独り占めしちゃダメじゃないかな。
「このまま旅人が目を覚まさなくてもいいの?今旅人を救えるのは貴方だけなのよ。」
貴方だけ。貴方…だけ…?
「…わたし、頑張ります。……大丈夫。任せてください!」
ほとんど自分に言い聞かせるような話し方だけど、旅人のためだもんね。 ムードもないし、突然だけど。
羞恥心を押し殺して、旅人の唇に顔を寄せる。大丈夫かな、私、緊張で顔が強張ってないかな?
3、 2、 1___
静かだから自分の鼓動が聞こえやすい。きっと、今の私は顔が真っ赤なんだろうな。
…ちゅ
今は唇は恥ずかしくてできないけど。いつかやらせてね。
「…ん………」
突然の刺激に反応したのか、唇をキュ、と寄せる音が聞こえた。
「旅人…?」
そのうち目がスローモーションで開いてくる。段々意識が覚醒してきたのだろう。この場にニィロウとナヒーダがいることに気がついた。
「…ニィロウに、ナヒーダ?なん…で…って、………………」
違和感にす、と喋りながら自分の手を頬に当てる。されたことに気がついたのか、少し頬を赤らめていた。
「もっもしかして…」
「…あら、私はお邪魔かしら。」
この場には、顔を赤らめる旅人と苦笑するクラクサナリデビ様がいた。