テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
こよい
85
110
177
第4話:清廉潔白(?)な配信者と、止まらない「Amazonの箱」
「おい、やめろって言ってんだろ! なんで米10kgが三つもカートに入ってんだよ!」
昨日の初配信での放送事故から一夜明け、俺は急遽枠を取った「緊急配信」の画面の前で、リアルに頭を抱え、叫んでいた。
画面の端の同接(同時接続者数)は、すでに8,000人を超えている。
大手企業のVTuberなら歓喜の涙を流す数字だが、俺の目にはそれが「8,000人の執行人」にしか見えなかった。
コメント欄には、昨日俺がうっかり口を滑らせた「Amazonほしい物リスト」のURLが弾幕のように飛び交い、次々と『購入報告』が上がっている。
『【悲報】魔王ルシフェル、米30kgの現物支給にガチギレ』
『おっさん、これで鈴木に見つからないように長生きしろよ』
『次はトイレットペーパー1年分送るわwww』
「笑い事じゃねえんだよ! お前ら、生活保護の『収入認定』の恐ろしさを分かってないだろ!」
俺は安物のマイクを両手で握り締め、喉の奥から絞り出すように訴えかけた。
「現金だろうが現物だろうが、役所は『資産価値のあるもの』をもらったら収入とみなすんだよ! もし明日、この四畳半のボロアパートに米30kgとトイレットペーパー1年分が届いてみろ! 大家が不審に思って役所に通報したらどうすんだ! 『就労していないのに大量の物資が届くのは不自然ですね』って、ケースワーカーの鈴木さんが飛んでくるだろ!!」
息も絶え絶えに、俺はナマポ(生活保護)受給者にとっての絶対の掟を解説した。
俺の命綱は、月に一度振り込まれる保護費だ。それが少しでも減額されたり、最悪打ち切られたりすれば、来月には文字通り路上生活が待っている。
「だから頼む! 俺のことは放っておいてくれ! これ以上、俺の平穏な底辺生活を脅かさないでくれ!!」
魂からの絶叫。
それは、偽りない俺の心からの叫びだった。
しかし、ネットの海において、俺のその必死な姿は、最悪の形で「翻訳」されてしまった。
『……おいおい、マジかよこのおっさん』
『自分の利益より、俺たちの金(と手間)を心配してくれてんのか?』
『「俺のことは放っておいてくれ」……こんなにリスナーを気遣うV、初めて見たわ』
『普通、バズったら「もっとくれ!」ってなるだろ。どんだけ欲がないんだよ』
『鈴木への恐怖もあるだろうけど、根が優しすぎるんだよな……』
「……は? いや、違う! 勘違いすんな! 俺は純粋に、役場の手続き(第61号様式)が面倒くさくて、保護費を削られるのが怖いだけだ!!」
『照れんなよ魔王』
『泣ける。俺たちのために悪役を演じてくれてるんだな』
『清廉潔白すぎるだろ。もう推すしかねえ』
『【朗報】ルシフェル様、ただの聖人だった』
コメント欄が、一気に「感動」の渦に包まれ始めた。
俺が否定すればするほど、「リスナーに負担をかけまいと必死に止めている、底辺だが心優しいおじさん」という強烈なフィルターがかかっていく。
「違うって言ってんだろ! お前ら、日本語通じねえのか!? 俺はガチで自分の保身しか考えてねえんだよ!!」
俺の悲鳴をよそに、画面に無情なエフェクトが鳴り響く。
YouTubeの収益化はまだ通っていないため、リスナーたちは「Amazonほしい物リスト」という抜け道を使って、俺への物理的な支援(嫌がらせ)を加速させていく。
『じゃあ、鈴木に見つかっても言い訳できるように「就活用のスーツ(1万円)」送るわ』
『天才かwww』
『就労意欲の証明になるな! ポチったぞ』
『よし、俺は「面接用のカバン」送る』
『革靴も必要だな!』
「あああああ! やめろォォォ! 誰が面接なんか行くか! そんなもん届いたら、鈴木さんに『じゃあ来週ハローワークで面接ですね、準備万端ですね』って逃げ道を塞がれるだけだろうが!!」
俺は白目を剥きそうになりながら、キーボードを叩いてAmazonのほしい物リストを非公開にしようとした。
だが、ポンコツPCがここで痛恨のフリーズ。
マウスのカーソルが砂時計になったまま、画面の中央でピタリと止まってしまった。
「動け! 動けよこのポンコツ!! 今すぐリストを消さないと、俺の人生が終わる!!」
バンバンとキーボードを叩く音と、俺の情けない泣き声だけが、5,000人以上のリスナーに垂れ流されていく。
『PCフリーズしてて草』
『おっさん、PCも限界じゃねえかww』
『これは同情するわ』
『よし、みんな! おっさんのリストにあった一番高いやつ(3万円のゲーミングチェア)を今すぐポチって、リストを空っぽにしてやろうぜ!』
『それだwww リストが空になればおっさんも安心だな!』
「お前ら、ふざけんな! 頭おかしいのか!? 3万円の椅子なんか届いたら、絶対一発で収入認定されるだろ!! 鈴木さんが『素晴らしい椅子ですね、これなら在宅ワークも捗りますね』ってニコニコしながら保護費削りに来る未来が見えるんだよ!!」
俺の絶望の叫びは、リスナーたちの団結力をさらに強固なものにしてしまったらしい。
『購入完了!』
『椅子、消えたぞwww』
『これでリスト空っぽだ! おっさん、ゆっくり寝ろよ!』
『鈴木には「道端で拾った」って言えwww』
「言えるかボケェェェ!! 新品のゲーミングチェアが道端に落ちてるわけねえだろ!!」
俺は両手で顔を覆い、パイプ椅子の上で崩れ落ちた。
終わった。
数日後、この四畳半に、米とトイレットペーパーとスーツ一式、そして巨大なゲーミングチェアのダンボールが届くことが確定した。
「……明日、役場行ってくる」
放心状態のまま、俺はポツリとつぶやいた。
逃げられない。
荷物が届く前に、こちらから鈴木さんのもとへ出向き、この「ネットからの謎の支援物資」という前代未聞の事態について、土下座して説明しなければならない。
『おっさん、ついに鈴木と直接対決か』
『明日の配信、絶対見に来るわ』
『頑張れ魔王! 鈴木に負けるな!』
コメント欄には、謎の連帯感と応援の言葉が溢れかえっている。
俺はただ、胃からせり上がってくる強烈な酸液を飲み込みながら、カクカクの画面を見つめることしかできなかった。
清廉潔白な神配信者? 欲がない聖人?
冗談じゃない。俺はただ、明日、市役所の窓口で「就労意欲」について詰められる恐怖に、ガチで震えているだけの限界おじさんなのだ。
コメント
1件
あきやさん、第4話、めっちゃ笑ったし、ちょっと切なかったです! 魔王の「生活保護の収入認定がー!」って必死な叫びが、リスナーには「聖人扱い」に変換されるの、あるあるすぎて草生えました(笑) しかも、ゲーミングチェア3万円ポチられた時の絶望感、本当に顔覆いたくなる気持ちわかります…。 鈴木さんとの直接対決、次回が気になりすぎます! 清廉潔白な聖人キャラ、完全に板についてきましたね(笑)