『じょ……た…ろ。』
ひどく掠れた小さい声が俺の名前を呼んだ。
『花京院ッ!………具合はどうだ。』
驚くことにそんな事しか聞けなかった。
『…まったく。最悪だよ。』
少し持ち上がった手に、水の入ったコップを手渡した。
身体を起こそうとしているので、すぐに手を差し伸べた。
ゴホッ!ゴホッ!!!…
『大丈夫か?』
『ケホ……。はあ…。大丈夫だよ。気分は最悪だけどね。』
ようやく落ち着いたようだ。
少しの間、沈黙があった。
『花京院………。俺は……お前を信じてやれなかった。本当に悪かった。』
『…大丈夫。……………大丈夫です。』
そう受け流す花京院の顔はどんどん俯く。
瞳はどんどん涙で覆われてゆく。
どこか女らしさを感じる綺麗に整った横顔は涙を零した。
一瞬躊躇ったが、とにかく優しく花京院を抱きしめた。
拒絶されるかと思ったが、向こうもゆっくりと背中に手を回した。
『うう…身体中痛い。もっと早く来いよ…馬鹿…ッ!』
『それにッ…もう本当に嫌われたのかと…おもった……!グスッ』
『すまん…』
この際、もう謝ることしか出来ない。目の前の男の目から大粒の涙が溢れている。今回でどれほど傷つけたのか。
涙がとまらない。色々な感情が混ざり合う。きっと今彼を困らせているだろう。
『ごめんね……。承太郎…。わがままばっかで…僕は…信じてもらいたかっただけなんだよ。』
『花京院……。』
泣き崩れ、背中を丸める僕を彼は抱きしめた。君の前でこんなに涙を流すなんて初めてだ。自分の思っていたより言葉の傷は深かったんだ。
そしてまた、僕も彼の背中に手を回した。暖かいな…。ようやく安心できる。
『君は…ずるい…ずるいよ。もっと抱きしめて。』
それに応え、力を強くしてくれる。
『もっと…もっと!』
『おい…。もうこれ以上はてめえの身体が…』
『いいんです!身体なんて!』
『…僕が甘え下手なの…知ってるでしょ。』
『…そうだな。』
これ以上は泣いていられないと、重なっていた大きな身体からそっと離れ、目をゴシゴシと擦った。
すると急に、承太郎が顔を近づけた。
『んむッ…。』
照らされた部屋の影と影が重なる。
『もう俺は謝る事しかできねえ。…許してくれるか?』
『……そんな顔されちゃあ…。許すしかないですよ。』
顔を背けた。裁判官である僕は、目の前の被告人に情状酌量を下すしか選択肢はない。
横目で見ると、少し唇が緩く微笑んでいる。やっぱり承太郎には勝てない…この男………。
もう一度、今度は僕から彼に口付けた。こうなれば、承太郎もスイッチが入ってしまうかもしれない…。
時々当たる花京院の顔が熱い。目を閉じているので、まだ分からないがもう真っ赤だろうか。吐息混じりに舌を絡ませて深いキスをする。
あの予想外のさくらんぼの食べ方とは裏腹に、キスのテクニックも高いのかと思いがちだが、そうでもないのだ。花京院は全てを俺に委ねていることがわかる。
『承太郎…僕の偽物を見て、僕の事、嫌いになった?』
『んなこた、もう分かってんだろ…』
呆れながらも顔をにやりと緩めた。
その直後、花京院を押し倒した。いつもは行為中、キスは多いとは言えなかったが、今回は例外だった。互いに考える事は同じだろうか。
『今日、身体は…大丈夫なのか。また次にでも…』
『今日がいいの。本当に大丈夫だから。』
『ダメ……かな?』
クソ………。俺にずるいと言いやがるが、こいつもなかなかだ。『魔性の女』とかいうやつか。こいつに至っては野郎だがな。出そうかと迷っていた手は確信を持った。
1人の男にこんなに心を乱されるとは、今まで考えた事もなかったぜ。
それからはいつもの如くだった。
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