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そのあと、貴弘が百貨店の中に入っている大型書店に連れていってくれることになった。
百貨店の一階を通ると、化粧品売り場で、色も匂いも雑多で騒がしい感じだった。
「化粧品売り場って華やかですよね」
こんなにたくさん色があったら、選べないよなーと思うリップやネイルを通りすがりに眺めながら、のどかが言うと、
「そうだな」
と呟くように言ったあとで、難しい顔をした貴弘が言ってきた。
「なにか買ってやろうか」
え? とのどかは足を止めて、貴弘を見上げる。
すると貴弘は腕を組み、嫌そうに化粧品を見ながら、言ってきた。
「まあ、俺は化粧した女は嫌いなんだが。
匂いとか」
いや……、じゃあ、くれなくていいじゃないですか。
私もあまり化粧は得意じゃないんで、
と思うのどかに、貴弘は、売り場のおねえさんに見立ててもらった口紅を一本プレゼントしてくれた。
「ありがとうございます」
とのどかは紙袋を手に頭を下げる。
口紅一本なのに、ご大層に包装してあり、カタログと一緒に大きめの袋に入っていた。
いつもなら、ポイポイ、とカタログも包みも捨ててしまうのだが。
その化粧品売り場の匂いの染み付いたそれらがなんだか貴重なものに思えて、
今回は、とっとこう。
また家が散らかると泰親さん辺りに怒られそうだけど、
とのどかは思う。
のどかが礼を言ったあと、
「……うん」
と短く答えただけの貴弘は、ひとり、さっさとエスカレーターに向かっていた。
その背を見ながら、のどかは思う。
この人、もしかして、仕事以外のことには、思った以上に不器用なのでは……。
でも、だったら、これだけのイケメンでも、今まで彼女とか居なかったかもな、と思い、ホッとしていた。
なんでホッとするんだろうなと、自分でも思わないこともなかったが……。
そのあと、貴弘が家まで送ってくれたので、冷たいお茶を縁側で出した。
まだ日は高く、天気がよかったからだ。
貴重な食料である雑草を見ながら、二人でお茶を飲むことにする。
冷たいお茶と氷のたっぷり入ったグラスに水滴がついているのを見て、なんとなく、子どもの頃の夏休みを思い出しながら、のどかは言った。
「そういえば、ジュズダマってあるじゃないですか。
繋げて、ネックレスとか作るやつ。
あれが改良されてハトムギになったんですって」
そうグラスを見つめてのどかが笑うと、
「へえ、そうなのか」
と貴弘は感心したように言ったあとで、グラスを手に取り、
「ハトムギ茶か。
いただこう」
と言った。
「いや、それは、薬局で買ったドクダミ茶なんですけど」
「ハトムギ関係ないのかっ」
此処、ジュズダマ、生えてないしっ、と叫んだあとで、貴弘は言った。
「しかも、何故、薬局で買ったっ?
お前、庭先の雑草活用するって言わなかったかっ」
と庭木の側に生えているドクダミを指差す。
「どうして、そう適当に話が飛ぶっ。
お前の頭の中、どうなってんだっ?」
いや、勢いで適当に、よく知らない女と結婚した貴方に、そのセリフ、言われたくないですね~……、
と思いながら、のどかはよく冷えたドクダミ茶を啜ってみた。
寝る前、貴弘は、びっしり仕事のスケジュールの書き込まれたスケジュール帳に貼られたシールを眺めていた。
黒い文字ばかりのそこに、突然、DATEの文字のついた、まっ黄色なクッキーが微笑んでいる。
浮いてるな……。
でも、このマヌケな感じのクッキーの微笑みがのどかっぽくていい。
DATEが微妙にDEATHに見えるのがちょっと不吉だが……と思いながら、貴弘は分厚いスケジュール帳を閉じた。
「のどかの新居に遊びに行ってみたいなー。
引っ越したんでしょ?」
会社の友人たちと待ち合わせてランチをしていたその日、ふいに友人のひとりがのどかに、そう言ってきた。
「……ああ、いいけど、なんで?」
と言いながら、のどかは、
いや……いいのだろうか?
とおのれに問うていた。
いずれ貴弘たちも一緒に住むというのに。
ま、今はまだ、誰も一緒に住んでないからいっか、と思い、
「いいよー」
と言ったのだが、何故か横から風子が、
「駄目」
と言う。
「いや、なんで、あんたが言うのよ」
と友人のひとりが風子を見た。
「これから改修するんだって。
終わってから行った方がいいわよ。
今は汚いし、散らかってるし、隙間風が常に吹いてるから」
待て。
古いだけで、汚くないし。
社長や泰親さんや綾太がうるさいから、そんなに散らかってもないんだが。
っていうか、最近は、しょっちゅう業者の人が下見で出入りしてるから、散らかす隙もないしなーとのどかは思う。
そうなんだー、と言ったみんなは、
「で、なんでそんなとこ借りたわけ?」
と訊いてきた。
いや、ごもっともですよ……。
社長、何故、私にあの家を貸してくれましたか、と改めて、のどかは思う。
まあ、あそこに住んでなかったら、泰親たちとも出会えていないし、雑草カフェをやろうなんて思いもしなかったのだが。
「風子、なんで、今は駄目って言ったの?」
とのどかは小声で訊いてみた。
「いやいや。
もうちょっと投げ込まれるイケメンのことをみんなに知らせたくないから。
静かに鑑賞して、癒されたいのよ」
あれから誰か来た?
と風子は笑う。
「それが……」
と言いかけたとき、
「やあ、のどかさんじゃないですか」
とレジの方から声がした。
飯塚だった。
支払いをしようとレジに来て、カフェの窓際のカウンターにずらっと並んでいたのどかたちに気づいたらしい。
飯塚の事務所で会ったことのある人たちもレジ前に居た。
立ち上がって、少し飯塚の方に行ったのどかは彼らに向かい、ペコリと頭を下げる。
白のサマーニットなど着て相変わらず、爽やかな飯塚は、
「のどかさん、急なんですけど、今日の夕方とかお暇ですか?」
と訊いてきた。
「あ、はい」
と言うと、
「そうですか。
実は、予定より早く着工できそうなんですよ。
もし、寮側の案もオッケーなら同時に進めたいので、その間のお住まい考えなきゃですけどね」
と言われる。
……その間のお住まい?
と思って気がついた。
そうか。
あの家、全体的に工事するのなら、その間は住んでられないよね、と。
「まあ、……のどかさんは大丈夫ですよね」
飯塚は、なにか言いかけたようだが、曖昧な言葉にして濁した。
カウンター席から一斉にこちらを振り返り、見ている友人たちと視線を合わせ、頭を下げている。
大丈夫とは?
と思うのどかに、
「問題は八神さんですよね。
まあ、出来るだけ、古民家の今の雰囲気を大切にしたいので、そんなに大規模な工事にはならないと思います」
二、三週間ってとこですかね?
と飯塚は言った。
「業者さんの他の仕事や天気なんかも関係してくるので、ハッキリいつまでとは言えませんが」
そう言う飯塚と、少し話して別れた。
席に着いた途端、右から左から、みんなが身を乗り出し、訊いてくる。
「ちょっと、のどかっ。
誰よ、今のイケメンはっ」
「ああ、えっと、設計士さん」
と窓ガラスの向こうで、一台の白い車に乗り込んでいる飯塚たちを見ながら、のどかは言った。
「実は、古民家カフェをやろうと思ってるの」
「えっ? 古民家カフェ?」
「それで会社辞めたのっ?」
と言われたが。
いや、クビになったから、カフェをやろうと思ったので。
カフェをやるために辞めたのではない、と思う。
そういえば、結局、なんで、綾太は私をクビにしたんだろうなーと思いながら、のどかは言った。
「オープンしたら来てよ」
行く行くーとみんなが喜んで言う。
話が一段落して、しっとり柔らかなバケットのフレンチトーストを食べ始めたのどかに、隣の風子が小声で訊いてくる。
「……なんで、今、雑草古民家カフェの『雑草』省いたのよ」
「いや~、大学時代の友人とか。
すでに数人にカフェの話、してみたんだけどさ。
雑草、のところで、みんなちょっと引くから」
とのどかは、ははは、と笑う。
「だまし討ちか……」
とビーンズサラダを食べながら風子が言う。
のどかはみんなを振り向き言った。
「あっ、そうだ。
うち、看板猫も居るよ~。
白とグレーが混ざったようなふわふわの毛のミヌエット」
みんなが、きゃーっ、行く行くーっと言う。
「……あんた、公共広告機構に訴えるわよ」
と風子が横で呟いていた。