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第三話 楓先輩
────オレはワケあってこの政府で働いている、ただの事務職員。
事務職員とはいえ、必要ならば戦闘にも時々駆り出されることもあるハイブリッド系公務員のようなものだ。
今日は総合オフィスで事務仕事を終えて、寮の自室に戻るまでの廊下を歩いているところだった。
長い事戦っていた書類共に勝利して気を抜きすぎていたのか、そのときにふと誰かと肩をぶつけあってしまった。
顔を上げると、その人は幹部の楓先輩だった。
自分に優しく新人教育をしてくれた数少ない良い人だ。
いつもは髪を低い位置でひとつにまとめ、身なりも姿勢も良くてしゃららとした煌びやかな印象のある楓先輩だが、今日はどうやらその綺麗な髪も下ろしていて目元の隈が目立つ。
以前にも似たような事はあった。
その時は『あはは、だいじょぶですよ、えへへへへへ。ちょっとした仕事の山を大冒険してきただけですよう。心配無用です。』と力の抜けた喋り方で、まるで壊れたカラクリ人形のように言って逃げるようにさっさと立ち去ってしまったのである。
でも、今回は更にひどい。
あの人がこんなに身なりに気を使わない事は今までで初めてくらいだ。しかも財産を持ち歩く時は必ず財布などに仕舞うのに、今は五千円札一枚をただ片手に持っているだけ。
「あぁっ、すみません。大丈夫ですか?」
ぶつかるや否やすぐこちらの心配をする楓さん。
お願いだからまずは自分の心配をしてほしい。顔色が悪すぎる。重心も不安定で、今ぶっ倒れてもおかしくないくらいだ。
「楓さん…!大丈夫です。それとおはっす。」
……今すぐ張り倒してでも寝かせたいが、とりあえず挨拶はする。
「ああ、柏木くん。おはようございます。」
オレが挨拶をすると、向こうは後輩のオレに気付いたように弱々しく張りのない声で挨拶を返してくる。
「髪、下ろしてるの珍しいですね」
「あはは、ちょっと面倒くさくなってしまって……」
恥じるように珍しく開けた目を泳がせながら片手を頭の後ろ側に持っていく楓さん。
「まさか、また仕事ッスか…??」
聞くまでもないが、一応聞く。
「……っはは…そうですよぅ……」
楓さんは諦めたような乾いた笑いを交えながらオレの問いに答えてくる。
ああ─────むかつく、むかつく───────────むかつく。
全く、イライラする。
何故この人ばかりこんな目に遭わなきゃいけないのか、オレには理解できない。
他の幹部は楽ばっかりしている。これはただの事務職員のオレにもわかる。
第一席は組織の全体的な支配者。誰も逆らえない。
第二席はその妹分……なのだろうか。第一席に甘やかされていて、かなり冷めた性格で冷たい奴だ。
そして問題の第三席は一番横暴で、口が悪くて、手癖も足癖も悪くて、とにっっかくオレら下っ端に烈火の如く嫌われている。
楓先輩は三席の後の第四席だ。言わずもがな良い人。
最後の席に座っているのは第五席。コイツァオレは苦手で嫌いだ。第二席より冷たくて、無感情で、何考えてるかわからなくて愛想のあの字も知らないクール系男子だ。
幹部の中で一番下っ端のくせに、楓さんより下の立場なのにこれまた横暴。
こういう人達だから、どうせ押しに弱くて、なんだかんだ優しい先輩に全て押し付けて、自分達は今頃ランデヴーに違いない。
「もしよかったらオレ、手伝いましょうか?今丁度手隙なんで…」
オレが幹部に物申しても、一般人に近いオレは一発で口封じに殺されるだろう。だから少しでも楓さんが楽になるよう、オレはオレの出来る事をする。
「っ、良いんですか!?」
───文字通り、やつれた顔を瞬時にぱぁっと明るくする楓さん。
「全然!いいんですけど、幹部だけしか見てはいけない資料とかじゃないですか?大丈夫です?」
もし万が一そういう書類があればオレの命は軽くサヨナラなので一応確認を取る。
そうすると楓さんはオレの肩をぐっと持ち、すごい勢いで喋り始める。
「だぁいじょぶ大丈夫!!もしあったとしても君の記憶だけ消しますから!お願いします!!」
記憶を消す、とは安全なのだろうか。そんな恐ろしい事まで軽く口走ってしまうほどに多いのか、その書類とやらは。
「ひい、怖いこと言わないでくださいよ…まぁ手伝いますけど!」
そう言えば楓さんはにっこりと微笑み、オレの肩から手を放した。
もう記憶を消されても文句は言えなくなった。元より言うつもりもないのだが。
楓さんはオレの肩から手を放した直後、何か思い立ったかのように「あ」とか細い声を出す。
「──その前にコンビニ寄っていいですか?今から向かうところだったんです。」
手の中の五千円札を雑にポケットに入れてからコンビニ方面を指差す楓さん。
「もちろんもちろん。付き合います!」
オレがそう返したあと、楓さんはまた数秒考えるような素振りをする。
「……奢りましょうか???手伝い賃の前払いということで……」
────なんだこの人は、神か。神なのか。
優しい。すごく優しい。ここはご厚意に甘えよう。楓さんの面子は立たせる。
「………………お願いします……!!」
なんて言って、ちょっとポーズを取る。
……決して欲に釣られたわけではない。
─────そして場面は変わり、組織内のコンビニにて。
楓さんは馬鹿みたいに栄養補助食品だけカゴに入れまくっている。買い占める勢いだ。
ブロック型のバランス栄養食なんてパッサパサ過ぎて食えたもんじゃないのに。
しかもそれ飯じゃないのに。
なんだよ、栄養補助食品だけ買い占めって。正直言って仕事のしすぎで頭のネジの一本や二本外れているのでは、と思う。そんなもので生きているのか、この人は。
オレが怪訝そうに疲れきった楓さんの背を見ていたら、楓さんが振り向いて「柏木くん、好きなもん入れていいですよ」と笑顔で言ってくる。
オレは流石に色々耐えきれなくなり、問う。
「楓さん……ご飯類、買わないんですか…………??」
「あ────……また次買います。今日はそういう気分でもないので。」
───躱された。こっちは真面目に心配しているというのに。
「………そっすかぁ……絶対身体壊さないようにですよ?オレ、真面目に心配してるんす。過労死とかホントシャレになりませんよ、楓さんの場合。」
オレがそういうと、楓さんは事の重大さを全然理解していないように吹き出す。
「あははははは。それなです。本当洒落にもならない。」
「笑い事じゃなくって!」
咄嗟にツッコむ。
「……まぁ、私は今これで生きて行けているので、暫くは大丈夫でしょ。 さあさ、何欲しい?」
─────また躱された。明らかにはぐらかされた。
本っっ当にこの人は……!!!
一度殴って目を覚まさせたい。とはいってもオレが楓さんをブン殴るワケにも行かないので、もうはぐらかされた話に乗るしかない。
「………メロンパン、お願いします。」
オレの不服そうな顔に気付いたのか、困ったようにふっと笑いながら棚のメロンパンをカゴに入れる楓さん。
「はい。これだけで良いの?」
頷く。
「じゃあ会計してくるので、柏木くんは外で待っていてください」
「はーい。ありがとございます」
そうしてオレはコンビニの外に出たところのすぐそこに移動した。
楓さんは不思議な人だ。
掴みどころがなくって、どこかふわふわしていて幽霊みたいな──────────そんな感覚。
本当に、良い意味でも悪い意味でも、不思議という単語が似合うひとだ。
そうこうしていると楓さんが会計を済ませてコンビニの自動ドアから出てきた。
「それじゃあ、行きましょうか。柏木くん」
はい、と一言。
オレは楓さんの後を付いていった。
楓さんの部屋に着くと、中は凄惨なゴミ屋敷だった。
エナジードリンクの空き缶の山、栄養補助食品のパウチや箱。
そして散らばったり積み上がったりした多くの書類。
「うわ、なんなんすかこのエナドリの墓場!?あんた馬鹿なんですか、死にたいんですか!?こんな量絶対死にますよ!!?カフェイン中毒って知ってます!?!?」
思わず馬鹿だとか死にたいのかとか、説教まがいの事を口走ってしまった。流石に失礼な事を言った自覚はある。やらかした。
「えへへ……」
それでも楓さんは照れくさそうに笑っている。褒めてねーッス。
「笑い事じゃなくってえ…………」
もうこの人は本当にどうしようもない…………。オレがサポートしなければいつか絶対死ぬ…………。
それからオレ達は部屋を一通り片付けてから作業に移った。
楓さんは仕事が早い。指示出しも完璧で、やはり幹部なだけある。
となれば、戦闘面はどうだろうか。
今度手合わせでもお願いしたい。
そんな感じで作業は滞りなく進んだのであった。
数時間後。
作業は終わり、もうそろそろ自室へ戻ると楓さんに伝えてからドア付近まで来たところ。
「今日はお疲れ様でした、楓さん。ゆっくり寝てください。」
「本当ありがとうございました。助かりましたよ、後輩。」
そんな挨拶を交わして帰ろうとしたとき、とある事を思い出す。
“政府全体にて戦力強化訓練を実施”───日付は忘れたが、そんなビラが廊下に貼ってあった。
つまり、これは楓さんとの手合わせのチャンスだ。
「その…………楓さん。」
オレが控えめに名を呼ぶと、楓さんが首を傾げる。
「ん?」
「今度、強化訓練ありますよね?その時に…手合わせお願いしていいッスか?」
幹部だし断られるかと思ったが、楓さんはあっさりと承諾する。
「もちろん良いですよ。素手喧嘩でも能力戦でも。」
……素手も良いのか。ラッキー。
「ありがとうございます。では、また。」
「はい。また今度」
今度こそ楓さんの部屋を出て、また自室へ向かう。
─────強化訓練、楽しみだ。
コメント
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今回は第二話の柏木くん視点でお話が進んでいます。 見たらわかるとおり楓の事めっちゃ尊敬してます。カワイイ 楓のスピンオフではあるのですがこれからあと2、3回ほどこういった視点変更あります。お楽しみに😘