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永 遠 . @ 眠
「……父上の側近だ」
ライの声は、驚くほど静かだった。
だが、その横顔は強張っている。
村の入口に現れた武士たちは五人。
中央にいる男は、黒い羽織を纏った壮年の武士だった。
鋭い目。
隙のない立ち姿。
ただ立っているだけで、他の兵とは格が違うとわかる。
ロウが小さく舌打ちする。
「面倒なの来たな」
「知ってるのか」
「ああ」
ロウの目が細くなる。
「昔、一度だけ戦場で見た。かなり強ぇ」
マナの喉が乾く。
逃げ切れるのか。
そんな不安が胸を締め付けた。
武士たちは村人へ何か尋ね始めている。
このままでは時間の問題だった。
ロウは即座に立ち上がる。
「裏山から抜けるぞ」
「でも、村の人たちが——」
マナが振り返る。
追手が自分たちを探していると知られれば、この小さな村にも迷惑がかかる。
老婆まで巻き込んでしまう。
するとライが低く言った。
「だからこそ、今すぐ離れる」
迷いのない声だった。
「これ以上、ここに災いを持ち込めない」
マナは唇を噛む。
その時。
「早く行きな」
老婆が背中を押した。
「若いんだから、生き延びる方を選びな」
目尻の皺を深くしながら笑う。
マナは胸が痛くなった。
「……ありがとう」
絞り出すように言う。
老婆は「気にしなさんな」と手を振った。
ロウを先頭に、三人は家の裏手へ回る。
木々の生い茂る細道。
そこへ入った瞬間だった。
「——いたぞ!」
怒声。
見つかった。
村の入口にいた武士の一人がこちらを指差している。
ロウが即座に叫ぶ。
「走れ!!」
三人は山道を駆け上がる。
背後で馬の音が響く。
枝を踏み、土を蹴り、息を切らしながら必死に進む。
だが。
「っ……!」
マナが足を止める。
熱は下がっても、完全には回復していない。
肺が焼けるように苦しい。
「マナ!」
ライが振り返る。
その瞬間。
矢が飛んできた。
「伏せろ!」
ロウがマナを引き倒す。
矢が木へ突き刺さった。
乾いた音。
追手は本気だ。
「……ちっ」
ロウは刀へ手をかけた。
追いつかれる。
このまま三人で逃げれば、全員捕まる可能性が高い。
ロウは短く息を吐く。
そして振り返った。
「先行け」
ライが目を見開く。
「何を」
「時間稼ぐ」
ロウは笑う。
軽い笑みだった。
「こういうの、得意なんだよ」
「だが——」
「早くしろ」
その声だけが低くなる。
追手の足音は近い。
迷っている時間はなかった。
マナが首を振る。
「駄目だ、置いてけねぇ!」
するとロウは呆れたように笑った。
「誰が死ぬって言った」
刀を抜く。
陽光が刃に反射した。
「ただ、お前ら守るだけだ」
その横顔を見た瞬間。
マナは初めて気づく。
この男は。
ずっと、“守れなかった誰か”を追い続けている。
ライも同じことを感じたのか、静かにロウを見る。
ロウは視線を逸らしたまま言った。
「……昔、主がいた」
低い声だった。
「馬鹿みたいに真っ直ぐで、優しい奴」
風が木々を揺らす。
「でも守れなかった」
一瞬だけ。
ロウの表情から笑みが消えた。
「目の前で死なせた」
マナは息を呑む。
ロウが過去を話すのは初めてだった。
「だから今度は、ちゃんと守りてぇ」
刀を握る手に力が入る。
「お前らには、生きて逃げ切ってほしい」
ライは静かに目を伏せた。
そして。
「……必ず戻る」
そう言った。
ロウは少し驚いたように目を瞬かせ、それから笑った。
「律儀かよ」
追手の気配が迫る。
もう時間はない。
ライはマナの手を掴んだ。
「行くぞ」
「でも!」
「ロウを信じろ」
強い声だった。
マナは唇を噛む。
悔しい。
怖い。
それでも。
ロウは笑っていた。
「さっさと行け、恋人共」
その言葉に背中を押されるように、二人は山道を駆け出した。
後ろで金属音が響く。
剣戟。
怒声。
ロウが追手とぶつかったのだ。
マナは振り返りそうになる。
だがライが手を強く握った。
「前を見ろ」
震える声だった。
ライだって怖いのだ。
それでも止まらない。
止まれば、ロウの覚悟まで無駄になる。
山道を必死に走る。
呼吸が乱れる。
足が痛い。
それでも。
背後から聞こえる剣戟の音だけが、離れない。
そしてその頃。
山道の入口では。
ロウが一人、刀を構えていた。
倒れた武士が二人。
だがまだ三人残っている。
中央に立つ側近の男が、静かにロウを見る。
「……貴様、何者だ」
ロウは口元を吊り上げた。
「通りすがりの用心棒」
血の付いた刀を軽く払う。
「悪いけど、あいつらは渡せねぇ」
コメント
1件
よかった…いや、苦しかったです。ロウの「守れなかった誰か」の過去が初めて明かされて、一気に彼の全ての行動に重みが乗った回でした。あの「先行け」「お前らを守る」の台詞回し、読んでて胸が詰まりました。ライとマナが泣きそうになりながらも、ロウの覚悟を無駄にしないために進むしかない展開が切ない。恋人のように逃げる二人に送る「恋人共」の一言は、今までで一番優しくて残酷な笑顔でしたね。次話、ロウが無事でいてほしい…。