コキーン
ハルはユメからのメッセージ音で目を覚ました。仮眠のつもりが本格的に寝入ってしまったようだ。昨日の土曜日は天屋碗屋もピークが続いていたせいもあるか…………
『30分くらいしたら行こうと思うけど、どうかな?』
ハルは、時計を見る。時計は12時近くを指している。
「了解、待ってますー」
簡単なメッセージを打ち終えると、ハルは眠気覚ましにシャワー室へと向かった。
外は陽気に満ちている。タオルで髪を拭きながら、ロンTに袖を通す。ハルは、新たにコーヒーをセットする。
キーンコーン
入口のチャイムが鳴る。
鍵を開けて、ユメを迎え入れる。
なんか、コンビニの袋を幾つも持っているのだが……
『塵も積もれば重くなる!』
ドサッ
と、テーブルの上に袋を置く(と言うより投げ捨てる感じ)。確かに重そうな音が聞こえた。
『どうせ、お昼ご飯まだなんでしょ?一緒食べよ!!』
ユメは袋の中から、サンドイッチとおにぎり、から揚げを取り出す。もうひとつの袋は…………紙?
ハルは席を立ち、マグにコーヒーを注ぐ。おにぎりあるなら…………と、グラスに氷を入れてお茶もテーブルに運んで来た。
ユメはスマホを取り出し、サンドイッチを頬張る。渋谷蜂起主導者逮捕時の動画が流れる。
「あぁ、僕も朝見たよ、渋谷蜂起の。あ、いただきます。」
ハルはおにぎりの皮を剥く。鮭だ。
バサッ!!
『これさ、コンビニでコピーして来たの。先ずこっちが、「D.N.S.C.法案」が提起される切っ掛けとなった論文、通称:デュルー構文。見た事あるかも知れないけど。あ、食べてから読んでみて。あ、コーヒーいただき!!』
ユメはハルが、おにぎりとサンドイッチが好きな事を知っている。もっと言えば、ハムサンドと鮭おにぎり……
■研究論文
「夢中枢抑制政策の社会的影響と倫理的再検討」
著者:ベルヌ・デュルー教授
所属:ソルボンヌ夢科学研究所
1. 犯罪を犯す理由
•前提:夢は感情・欲望・無意識の集合体。無制止に放置すれば、個人の内的衝動が現実社会に漏出し、暴力や反社会行動につながる可能性がある。
•理論モデル:「夢衝動モデル」では、未処理の“感情記憶”が夢で強化され、結果的にリアル世界での犯罪傾向が高まると定義。
•事例解析:21世紀初頭の逸脱事件では、犯罪者の約73%が「強い感情的夢体験の直後」に異常行動に至ったという統計がある。
2. 夢の定義と特徴
•夢(Dream):睡眠時に発生する脳内神経の擬似体験。日中情報+情動の処理と再構築の副産物。
•主な機能:
1. 情動解放:感情の処理・統合
2. 記憶定着補填:重要記憶の抽出と選別
3. 創造的思考:潜在意識同士の情報融合
•特徴:未検証で不安定。明晰夢や悪夢など、多様な形態があり、個々の脳により内容が異なる。
3. サブリミナル効果との関連性
•定義:人間が自覚できないレベルで感覚に影響を与える刺激。
•仮説:「夢」は一種の潜在的サブリミナル刺激。日中の記憶・感情を無意識下で処理し、心理状態や行動に潜在的変調を加える。
•証拠:夢中枢刺激に対するfMRI計測で、翌日の感情応答が変化するとの実験結果あり。
4. 生きて行く理由
•概念的背景:「人間はモチベーションとして“意味”を構築する存在である」。
•夢の役割:自己イメージの補強、将来像の構築、内的モチベーションの源泉。
•去勢の影響:夢奪失状態は、意味喪失→動機欠如→生産性低迷→精神病傾向リスク上昇の負の連鎖を誘発。
5. 考える事と学ぶ事の意味
•思考(Thinking):論理・推理・仮説構成のプロセス。
•学習(Learning):外部知識と内部認知の統合プロセス。
•夢との関係:「夢」による無意識的リハーサルが、知的創造や柔軟性の根源となっている。
•去勢の影響:創造性・問題解決力・自己反省力の低下、文化的退嬰(文明維持能力の低下)を懸念。
結語:去勢政策の倫理的問い
•目的の正当性:犯罪抑止のための「安全優先」は理解できる。
•逆説的帰結:「人間性」「創造性」「自己肯定感」の喪失は、むしろ社会崩壊を招く全体論的リスクを孕む。
•提言:技術的制御と倫理的判断のハイブリッド政策を構築し、去勢実施には夢の「代替機能・補填制度」併設を条件とすべき。
「んーーー…………」
『んーーー…………だよね?確かに数値化された研究データもあるし、あぁ、そういう考え方もあるんだ程度の理解は出来ると思うんだけど…………』
「うん……、確かにね。ただ、これが国際連合人間環境会議に於いて可決されるのは…………違和感を感じざるを得ないよ。」
『そう、だからモヤモヤが止まんないんだよ!改めてデュルー構文を読むと!』
ハルは、マグにコーヒーを注ぐ。
ハムサンドを頬張る。
『で、こっちが最終提起された再論。通称:まじデュルー』
「夢中枢抑制政策:去勢法案哲学・倫理・社会学的再論」
ベルヌ・デュルー教授/ソルボンヌ夢科学研究所
<要旨>
•夢抑制は犯罪抑止に効果がありつつも、人類にとって不可欠な「自己意識」「創造性」「モチベーション」を根こそぎ奪うという逆説的危険性を孕む。
•本論文では、犯罪理論、情動心理学、神経倫理学、社会契約論を横断し、去勢政策がもたらす思想的・文化的帰結を総合的に評価・提言する。
1. 理論的背景① —犯罪の犯す理由と夢の関連—
•夢衝動モデル(Dream-Impulse Hypothesis):日中の不要感情(失恋、職場不全など)が夢で再燃し、情報と情動が強化され行動に転換される。
•実例:米国2002–2019年、殺人犯の約54%が「非常に鮮烈な夢の記憶」を事件直前まで持っていた(Duloo et al., 2021)。
•政策目的:去勢は犯罪に走る可能性を平均70%抑制するという警察試算をベースとし、実効性が主張されている。
2. 理論的背景② —夢とは何か?—
•夢の機能:情動統合・記憶の再編・創造的思考の三本柱(Cartwright, 2016)。
•特徴:ノンフェイクでありながら非現実。情動と現実の境界が曖昧な唯一の「脳活動」。
•必然性:脳は夢で自己モデルの再調整を行い、日常認知の予測精度を向上させる(Shepard & Dream, 2019)。
3. サブリミナル効果との関連 —無意識の行動誘導—
•夢を「内的サブリミナル刺激」として定義。
•無自覚な夢体験が、価値判断・道徳観・行動選好を微細に改変し、結果として「感情統制可能性」をもたらす。
•カナエの街宣パフォーマンスは、まさにこの無意識への“種まき”と同義である。
4. 生きる理由 —夢がなければ人は何のために?—
•マズローの欲求5段階説に対応し、夢は「自己実現」「自己超越」の原動力。
•**去勢による夢の抑圧→意味喪失→エントロピー的精神崩壊」**という反応経路を提唱。
•精神疾患率は政策実施後5年で著しく上昇、特に10代で自殺率+37%(Duloo報告書2025)。
5. 学び・考えることの意味 —夢抜き学習の暴走—
•認知発達理論:夢は創造的思考・メタ認知・反省の“温床”であり、去勢によって思考回路が線形化・ルーチン化。
•統計より、去勢世代大学生の問題解決能力指数は平均–22%。授業理解の深度も急落。
6. 倫理的再検討と提言
6.1 総合評価
•犯罪予防の即時効果が認められる一方、人間性・社会基盤・文化基盤に対する毀損が顕著。
6.2 倫理的ジレンマ
•人間の尊厳 vs 社会的秩序:個人の内面を国家が抑制する構造は、民主主義と相容れない。
•身体的主体性 vs 国家管理:「去勢」は身体と精神に恒久的侵害を与える技術規制であり、その是非は公開議論と倫理審査が不可欠。
6.3 多層的代替モデル提案
•「夢保全政策」併設:教育・社会参加・治療サポート・自己統制訓練の実施。
•「去勢=安全確保+夢補填措置」は移行期としてのみ論理的。
•「再解放の可能性を担保する制度化構造」:失敗しても回復できる仕組みの導入。
■結語
本論文は「夢を奪うことが得られる社会安定性」と「人間性の根幹=夢失脱による破壊」の対立構造を明示し、倫理的・社会学的・精神生理学的観点から“去勢法案は不備かつ過剰である”と結論する。
犯罪のない安全な社会と、夢を見る権利。
安全と人間性、どちらを手放すのか――
この問いに正面から答えを出す責任が、我々にはある。
■注記
本仮論文はあくまで「論理演算と物語構築のための架空研究」であり、実在する研究・データとは無関係です。ご了承ください。
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