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マッドハッター〜 クロッカーのアトリエにて 〜
私達は、店の中に戻った。クロウの腕の中で浅く呼吸をしているジジイの近くで膝をついた。
「…終わったぞ。」
「この、親不孝者、めぇ…、わしの、店まで壊し、おまけに、わしの、教えた術で、人、殺しを、しおって…。」
「ここじゃない場所でまた新しく店を建てればいい。」
私は、手の平に魔法陣を描いて押さえている胸にかざした。心配そうに見守るスパイキー達と、クロウ。オイルが大量に出ているが、これがオイルではなくて人間の血であれば、即死だっただろう。
力を描いた魔法陣に集中させて、治療をしようとした時。
「!」
私はあることに気づいてしまい、かざしていた手をそっと下ろした。その行動にクロウとスパイキー達は驚いた。
「ハッター!? どうして治療をやめちゃうの!?」
「<マッドハッター>殿!! 早く! 早く、主を!」
クロウの支えている手にそっと自身の手を重ねたクロッカー。クロウはその行動に目を見開いて、全てを察してしまった。クロッカーは今にでも眠ってしまいそうな顔をしていた。
「そんな…、嫌です! 我が主!!」
涙を溢れさせて、クロウは駄々をこねた子供のように首を振る。クロッカーの撃たれた所はブリキの心臓の位置。そして、直したくても直せないのだ。
「…銀の、だんが、んかぁ…。ほほ…、痛いとこ、ろを、つくわい…。」
「…。」
銀の弾丸は、アルマロスの防御壁を貫通したように魔術が一切通用しない。よって、私がどんなに治療を施しても魔術が通用しない銀の弾丸がある限り、何もできないのだ。かと言って、取り除こうにも彼の心臓を修理できるものは、いない。
「ああ、綺麗な、よ、るじゃ…。」
クロッカーは、私が開けた穴から見える景色を見ていた。夜の海は綺麗な月によって照らされていた。そして、砂に溢れた血の匂いに混じって海風が吹いた。
「我が主…私は、まだ…!」
「ク、ロウ…。ありがとう。わしは、幸せだ、った…。」
クロッカーは、クロウの頬を伝う涙を拭うように、オイルまみれの手でそっと触れた。その手に泣きながら重ねたクロウ。
「…エー、ヴェル。」
呼ばれた私は、視線をクロッカーの顔に向ける。
「クロウ…を、たのん、だぞ、そして、ありがとう…。さらばだ、我が友よ。」
私に触れようと、反対の手を伸ばしたクロッカー。その手は空を掴み、ぽとりと床に落ちた。安らぎを思わせる顔をして、彼は息を引き取った。私は、帽子を深くかぶり、その場を立ち上がった。一体の<オートマタ>に背を向けて、砂浜に歩き出す。
「うわああああああああああああああ!!!!!」
クロウが大きな声で泣いてる。そして、スパイキー達も大粒の涙を流して、クロッカーの体に抱きついていた。アルマロスは、私と同様に静かに月を見上げていた。
嗚呼、今夜は本当に綺麗な夜だった。
数日後、葬儀は<ユナティカ>の港にある教会で行われることになった。葬儀には親しかった弟子達だけが参列している。私はその様子が見える丘で静かに見守っていた。天気は快晴。港が近いせいか海猫が鳴いていた。
「もっと近くにいけないの?」
「バカ。教会なんて私達が入れるわけないだろう?」
教会には神父がいる。おまけに、聖なる場所でもある教会に私達のような存在が近づけるはずもなくこうして、隠れるように見守る事しかできないのだ。
「んで? お前はこれからどうするつもりなんだ? クロウ。」
またしても背後に立っていたクロウ。彼は、ゆっくり歩いて私に跪いた。
「私は…貴方についていくつもりです。」
「…いいのか。ジジイと一緒に逝くこともできるのに。私と一緒にきてもいいことなんてないぞ。」
クロッカーの入った棺が海へと運ばれていく。海葬というやつだろう。今なら少し混乱させて、クロウを棺の中へと忍ばせることができる。
「確かに、主とともに逝くことも考えました。しかし、主が私の羽根を使ったステッキを貴方に託したのは…。きっと、こうなることを想定してのことでしょう。それに、貴方はあの人の作品の価値を示してくれた。」
クロウはお辞儀をしたまま、黒い羽根に包まれると、本来のカラスの姿に戻った。鷲と同じくらいの大きさだ。いや、もしかしたら鷲より大きいかも知れない。
「どうか、数々の無礼をお許しください。」
深々と頭を下げるクロウ。しかし、ここまでしなくても、私の答えは決まっていた。
「全く、お前の主は面倒なことをしてくれたもんだ。」
私はパチンと、指を鳴らすと地面から一輪の彼岸花が咲いた。それを手に取り、両手で花びらだけにするとクロッカーの棺のある方へと向けた。
棺は、もうすぐ蓋が閉じられてしまうところだった。私はそっと花びらに息を吹きかけると、赤い花びらは一直線にひらひらと舞いながら、クロッカーの亡骸へと飛んでいった。
クロッカーの亡骸の周りは白い花で埋め尽くされていた。花びらはクロッカーの顔をなぞるように着地した。その花びらに気づかぬまま、棺の蓋は閉じられ、広い広い海へと沈んでいく。
海猫達は船出を祝福するように、鳴き続けていた。
彼は、鉄であり、機械でありながらわざわざこの海の町を選んだのは、魔具師を引退したら、船で旅をしたいと言っていたかららしい。
「お前らしいよ。」
彼らしい弔われ方だと思った。私は帽子を深く被り、丘を降りて行く。
「先に逝っててくれ。そして、また会おう。友よ。」
新たな仲間クロウを連れて、私達は歩いていく。海猫はまだ鳴いている。