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『ネクロブロキコン』。
2x2が禁忌の知識を書き記したその魔導書は、本ではなかった。
それは、人の心に寄生する毒だった。
夜。
開発室の明かりだけが、静かに灯っている。
シェドレツキーは机に向かい、ページをめくり続けていた。
「……なるほど。」
指先で文字をなぞる。
黒い文字はまるで生き物のように蠢き、読む者の心へ染み込んでいく。
「世界のコードは……こう書き換えればいいのか。」
ページをめくる。
また一枚。
さらに一枚。
止まらない。
「クク……。」
笑みが漏れる。
「ハハハ……!」
目は充血し、茶色い天然パーマは乱れ、頬はこけ始めていた。
眠っていない。
食事もしていない。
ただ、本だけを読み続ける。
「素晴らしい……。」
彼は笑う。
「この力があれば。」
「誰にも負けない。」
「俺が世界を完成させられる。」
部屋の外では、ブライトアイズが心配そうに扉を見つめていた。
「シェドレツキー。」
優しく声を掛ける。
「もう休んで。」
返事はない。
「ご飯も食べてないでしょう?」
静寂。
「お願い。」
ゆっくり扉が開く。
「……。」
ブライトアイズは少し安心した。
しかし。
そこに立っていたシェドレツキーの目を見て、息を呑む。
瞳が濁っていた。
どこまでも暗く。
底なしに。
「シェドレツキー……?」
「何。」
声まで冷たい。
「最近ずっと部屋に……。」
「だから?」
「みんな心配してるの。」
「だから?」
「少し休んだ方が――」
「黙れ。」
その一言で空気が凍る。
「俺は。」
ゆっくり笑う。
「クリエイティブディレクターだ。」
「この世界で一番偉い。」
「俺が正しい。」
「俺が決める。」
「お前らに指図される覚えはない。」
バタン。
扉は閉じられた。
ブライトアイズはその場から動けなかった。
少し離れた場所ではデュセッカーも立ち尽くしていた。
「あれは……。」
苦しそうに呟く。
「もう俺たちの知ってるシェドレツキーじゃない。」
その頃。
空のはるか上。
SFOTH。
七本の伝説の剣が眠る祭壇。
誰もいないはずの場所に、一つの影が立っていた。
1x。
静かに祭壇を見上げる。
その視線の先には、一振りの短剣。
毒の剣。
ヴェノムシャンク。
「……。」
ゆっくり近付く。
「お前。」
赤い瞳が細くなる。
「俺と同じ匂いがする。」
そっと柄へ触れた。
その瞬間だった。
バヂヂヂヂッ!!
祭壇全体が震える。
黒緑色の炎が空へ噴き上がる。
「ぐっ……!」
猛烈な毒のコードが身体へ流れ込む。
「がぁぁぁぁぁっ!!」
叫ぶ。
炎が暴れる。
空間そのものが軋み始める。
半透明だった身体が。
少しずつ。
少しずつ。
輪郭を持つ。
腕。
脚。
肩。
頬。
指先。
黒い肋骨がはっきりと浮かび上がる。
炎は身体へ吸い込まれ。
毒は骨へ染み込み。
そして。
静かに。
足が地面へ着いた。
「……。」
1xはゆっくり拳を握る。
ぎゅっ。
感触がある。
「……。」
もう一度。
ぎゅっ。
「ハ。」
笑う。
「ハハ。」
止まらない。
「ハハハハハ!!」
狂ったように笑った。
「触れる!!」
両手を見る。
「俺は!」
「実体になった!!」
嬉しかった。
ずっと欲しかったもの。
ずっと届かなかったもの。
それを、ようやく手に入れた。
近くにあった巨大な岩へ歩く。
ヴェノムシャンクを振る。
ズバァァン!!
岩は真っ二つになり。
次の瞬間。
黒いコードへ変わって崩れた。
腐敗。
存在そのものを侵す毒。
「……強い。」
炎が揺れる。
「見てるか。」
空を見上げる。
「シェドレツキー。」
笑顔だった。
でも。
涙が流れていた。
「お前が。」
声が震える。
「捨てた俺は。」
ヴェノムシャンクを掲げる。
「こんなに強くなったぞ。」
風が吹く。
「……なぁ。」
寂しそうに笑う。
「褒めてくれよ。」
返事はない。
その沈黙だけが、1xの胸を締め付けた。
やがて。
その悲しみは。
怒りへ変わる。
「……いい。」
炎が爆ぜる。
「お前が。」
「俺を見ないなら。」
ヴェノムシャンクを肩へ担ぐ。
「お前の世界を全部壊す。」
赤い瞳が燃える。
「プレイヤーも。」
「町も。」
「全部。」
静かに笑う。
「俺の毒で染めてやる。」
「そうすれば。」
その笑みは歪んでいた。
「お前は。」
「俺しか見られなくなる。」
数日後。
Robloxia中に悲鳴が響いた。
「逃げろ!」
「化け物だ!」
「リスポーンできない!」
ヴェノムシャンクに斬られたプレイヤーは。
蘇る。
だが。
もう本人ではない。
身体から黒緑の炎を噴き上げる。
腐敗したプレイヤー。
1xだけを崇拝する軍勢。
世界は混乱へ沈んでいく。
ビルダーマンは開発室へ駆け込んだ。
「シェドレツキー!!」
息を切らしながら叫ぶ。
「大変だ!」
「例の緑の存在が!」
「SFOTHを占拠した!」
デュセッカルも続く。
「住民が襲われてる!」
「急がないと!」
机の前で。
シェドレツキーはゆっくり立ち上がる。
その口元には。
笑み。
「……ちょうどいい。」
低く笑う。
「失敗作のくせに。」
「俺へ逆らうとは。」
ネクロブロキコンを閉じる。
「俺が。」
「直々に消去してやる。」
デュセッカルが腕を掴む。
「待て!」
「今のお前は普通じゃない!」
「離せ。」
「シェドレツキー!」
「離せ!!」
振り払う。
「俺は完璧なんだ!」
「負けるわけがない!」
白いシャツが翻る。
胸には。
BLAME JOHN
その文字だけが妙に白く浮かんでいた。
誰の制止も聞かず。
シェドレツキーは飛び出していく。
そして。
SFOTH。
暗雲が渦巻く祭壇。
黒緑の炎が世界を焦がしている。
無数の腐敗したプレイヤーが跪き。
その中心で。
ヴェノムシャンクを肩に担いだ1xが静かに待っていた。
「……。」
赤い瞳がゆっくり開く。
「来たか。」
小さく笑う。
「バカシェドレツキー。」
シェドレツキーも剣を抜く。
「黙れ。」
「バグ。」
二人の距離は、ゆっくり縮まる。
1xはヴェノムシャンクを握り直した。
「なあ。」
少しだけ笑う。
「見てくれよ。」
実体となった自分の手を広げる。
「俺。」
「もう触れられるんだ。」
その笑顔は。
昔、頬を撫でられて真っ赤になっていた頃と、どこか同じだった。
「……少しは。」
震える声で尋ねる。
「褒めてくれるか?」
シェドレツキーは答えなかった。
代わりに。
ネクロブロキコンの黒い術式が足元へ広がる。
その瞬間。
1xの表情から、最後に残っていた期待が静かに消えた。
二人は、世界を崩壊へと導く宿敵として対峙する。
かつて神殿で笑い合い、チキンを取り合い、互いの温もりを求めていた二人は。
もうどこにもいなかった。
#見捨てられた
リコりす@アナログタノピイ
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#shedletsky
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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