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「は?そんな風に思うわけないだろう!」
トラビスも俺を睨み返してくる。そして強引に俺の手を外させると、剣を鞘におさめた。
「確かに子供の頃は負けたのが悔しくて憎く思っていた時もあったが。今は大切に思いこそすれ憎いなどと微塵も思っておらぬ」
「ではフィル様を傷つけるな。傷つけさせるな」
「…悪かった」
トラビスが項垂れた。
俺はフィル様のシャツを直しながら尚も聞く。
「ところでネロとは誰だ?」
「おまえ知らないのか?一年前に俺の軍に入ってきた、地方の貴族の子だったらしい」
「らしいとは?」
「イヴァルの民ではなかった。その貴族もネロの仲間だったのか利用されたのかわからないが。バイロンの民でもないから、どこの国の者かわからない」
「我が王城に潜入していたのか」
「そうだ。バイロン国の第一王子と繋がっていた。今回の戦の発端となった盗難事件は、ネロが仕組んだことだ」
「そいつはレナードが連れているのだな?」
「ああ。国に戻ったら尋問する」
「頼む」
話をしながらも、俺の目も神経もフィル様に向いている。少しの急変も見逃さない。そして先ほどよりも、フィル様の呼吸が安定してきた。
俺は安堵の息を吐いてフィル様に顔を寄せ、銀髪を撫でる。
「少し…楽になってきましたか?なにも心配なさらずに、ゆっくりと休んでください。俺が傍にいます」
「よかった…ようやく薬が効いてきたのだな。ラズール、俺は食べ物をもらってくる。食べねばフィル様の体力がつかないからな」
「油断するなよ。バイロンの王城に滞在していた兵が殺されたんだろ」
「ああ…。この国の王と第一王子は怖いな。リアム様はまだ話せる方だと思うが」
「同じだ。フィル様の細い腕を躊躇なく斬り落としたのだからな」
「ラズール…」
「早く行け」
トラビスはまだ何か言いたそうにしていたが、俺が固く口を閉ざしたので、ため息をつきながら部屋を出て行った。
部屋に静寂が訪れる。フィル様の静かな寝息しか聞こえない。苦しそうだった顔もようやく穏やかになっている。
俺は、命にかえてもこの方を守りたいと思うのに、守りきれていない。どうしてこうも危険な目にばかり合われるのか。辛い想いをされるのか。これからは城の奥深くに閉じ込めて、大切に大切に守ることにしよう。そのためには第二王子への想いを断ち切ってもらわなければ。
俺はベッドに上り、フィル様を抱きしめた。そしてフィル様の耳に唇を寄せると、呪文を口にした。バイロン国の第二王子リアムを憎むように。彼は愛する人ではなく、憎むべき敵だと思い込ませるように。
この呪文は永久的なものではない。だから定期的にフィル様の耳元で唱えなければ。二度と第二王子の元へ行かぬよう、一生囁いて差し上げます…我が愛しの王よ。
俺はフィル様の耳朶と頬にキスをして、まだ少し熱が残る身体をもう一度抱きしめた。
トラビスが持ってきた料理を食べてもらおうとフィル様に声をかけて肩を揺らしたが、目を覚まさない。仕方なく上半身を起こして支え、スープを少しづつ口の中に入れると飲んでくれた。でもこれだけでは体力がつかない。
俺はトラビスに医師の所へ行き、食べ物の代わりに栄養や体力がつく薬があればもらって来てほしいと頼んだ。
再びトラビスが出て行った直後に、第二王子とゼノが来た。
追い返したかったが、ここはバイロン国だ。フィル様が回復されるまでは無下にはできない。俺は渋々と扉を開けて、二人を中に入れた。
第二王子は死にそうな顔をしていた。フラフラとベッドに近づき、フィル様の顔を見るなり「すまないっ」と叫んでフィル様に覆いかぶさった。
俺は咄嗟に足を踏み出し剣の柄を掴んだが、ゼノに腕を引かれて止められた。
「少しだけ二人きりにしてやってほしい」
「断る」
「頼む。フィル様が国に戻られたら、またしばらく会えなくなる。リアム様がフィル様と過ごされることを許してやってほしい」
「二人きりの時にまたフィル様を傷つけないか?」
「絶対にない。だから…」
「わかった。トラビスが戻ってくるまでの間だけだ」
「すまない」
ゼノが俺に頭を下げる。
俺は第二王子を睨みながら、足音を立てて部屋を出た。
ゼノが静かに扉を閉めて「こちらへ」と俺を隣の部屋へと招く。
扉の前で待つつもりだった俺は「ここにいる」と首を振った。
「少しだけこちらへ。あなたがたを無事に国に戻す相談をしたい」
「しかし」
「リアム様なら大丈夫だ。二度とフィル様を傷つけることはない。とても落ち込まれて、ご自分の左手も斬ろうとされたので慌てて止めたくらいだ」
「ふん、止めなくてもよいものを…」
「本当に申しわけない」
「…あなたが謝ることはない。フィル様の手当てをすぐにしてくれたこと、感謝する」
「いや…フィル様のことだけではない。イヴァルの兵達のこと…王城から逃げ出せるよう手配を進めていたのだが、間に合わなかった」
「ゼノ殿…」
この第二王子の側近のゼノという男。ゼノはとても誠実な男とみえる。トラビスから聞いた話では、ずっとフィル様を守ってくれていたらしい。ゼノのことは嫌いではない。
俺はゼノの後について隣の部屋に入った。中にはもう一人、確かジルという名の騎士がいた。
外を眺めていたジルは、俺に気づくと傍に来て挨拶をした。
「リアム様の叔父上に仕えるジルと言います。あなたがラズール殿ですか?」
「はい。フィル様の側近、ラズールです」
「なるほど…やはり第一王子は嘘を仰られていたのだな。俺はもう第一王子を信用しない」
「どういうことです?」
俺は眉間にシワを寄せ、順番にゼノとジルを見た。