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✧≡≡ FILE_004: 避難 ≡≡✧
「……はー……は、っ……はー……」
刺すような冬の空気が、boyの小さな指先に噛みついてきた。
フードのない薄手のコートは、冷気を遮るには心許ない。
手をこすっても、息を吹きかけても、指はまったく温まらない。痛いのか、冷たいのか、その違いすら分からなくなってきた。
白い息が震え、涙の粒が落ちそうになる。
「……はー……っ、はぁ……さむ、い……」
すると──
ウゥゥ────ウゥ────
──突然、遠くの空にサイレンが鳴った。
道を挟んだ先の花屋が、急にシャッターを降ろし始め、買い物帰りの主婦らしき女性が、ベビーカーを押しながら足早に去っていく。
その背後で、通りの電柱に取り付けられたスピーカーが、がさがさと音を立てた。
《──ウィンチェスター大聖堂付近にて、危険物発見──市民の皆様は、政府の指示に従い、速やかに避難してください──》
「…………」
皆それぞれ避難を始めている中、boyだけは逃げようとしなかった。
サイレンが。
警告が。
人々の逃げる足音が。
自分には関係ないもののように思えた。
あるいは──「自分は避難しなくていい側の人間」だと、どこかで思っていたのかもしれない。
……いや……ちがう。
本当は、避難できなかったのだ。
身体は自由でも、心がまだ自由じゃなかった。
逃げるべき理由よりも、子どもだからこそ持ち続けている、“信じる心”があった。
そう、避難しない理由はただ一つ──
いつ、親が帰ってくるか分からなかったから。
置いていけなかった。
帰ってきたとき、家が空っぽだったら、きっと悲しむと思った。
ほんとうはもう、誰も帰ってこないなんて── 気づいていたはずなのに。
その“はず”を、信じることができなかったのが、子どもだった。
とぼとぼと行くあてもなく、歩いて、ベンチの上に膝を立ててちょこんと座った。
歩き疲れた──
体を小さくし、体温を保ちながら、ふと、思い出したように薄いコートをまさぐる。ポケットの中からはお菓子……ではなく、“改造されたラジオ”が出てきた。
子供が持つにはあまりにも不自然な代物。
内部の配線はすべて組み替えられ、ダイヤルの一部は音量調節ではなく周波数の手動探索に使われている。特定のチャンネルに合わせると、警察無線、研究所内の通信、果ては誰かの自宅の通話までも拾えるように細工されていた。
つまり、これは──“盗聴器”だ。
“大人が趣味で”手ずから改造した、罪深いおもちゃ──
──カチ、カチ、カチ。
遊び感覚でラジオのツマミをひねってみる。
やがて、録音モードに切り替わると、機械が古いのか、それとも元の録音状態が悪かったか、途切れ途切れのザーーというノイズの奥に人の声が混じった。