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いつの間にか眠ってしまったその日の正午頃、俺は最低限の生活必需品を揃えるために少し遠いホームセンターに来ている。欲しいのはとにかく布団とテレビと冷蔵庫だ。しかし悩むのはガスレンジの必要性。電子レンジひとつあればかなりの調理ができることを俺は知っている。なにせ目標としているのは手に職を着けることだ。目指すは料理人。勉強もしている。のだが全くと言っていいほど実際の経験が無い。う〜む…どうした物か…
「あ…お布団よりも……こっちの方が。……でも……1人用は…少し狭いし。ね?れお。……二人で使える……大きいのにしようか。…マット?……とか。」
「…う、うん……予算的には……大丈夫だと思うよ?。(昼間でも活動できる幽霊なんて聞いたことが。それにウズメさんって足もあったし…おっぱいも凄かった。だけど…周りの人には見えてない気もするんだよな。…俺にしか見えず、俺にしか触れられない女の子…もはや理想的な彼女か?。いや待て!獅子神獅子っ!。いくらお付き合いしたこと無いからって焦んな!。すっごい美女可愛いけど人間じゃないかもだぞ?。いいのか?)」
お昼前、 目覚めた時にうずめさんは俺の膝の上には居なかった。やはり幻覚だったのだと確信した俺は、顔を洗う為に段ボールを漁り、歯ブラシやら歯磨き粉を持って洗面所に向かう。そこでばったり出会ったのは全裸なうずめさんだった。なぜだか見つめ合ってしまった俺は眼が離せない。
内巻きな蒼髪の先から落ちた雫の伝う白い頰や、桃色で形良く小さな唇。するんと通った鼻筋の下の小鼻が可愛い。太目ながら流線型に整った眉に猫のように丸く大きい眼と濃い睫毛。黒目がちな紅色の瞳。この時点でもう超のつく美少女なのにその色香たるや悶絶ものだ。心臓を鷲掴まれた。
あまりの絶景に固まった俺を他所に、彼女は不思議そうな顔で髪を拭いていた。そのたびに弾み揺れる豊かな美乳が俺の瞼に焼き付いて離れない。薄いお腹にぷりんと丸いお尻。とても肉感的なナイスバディーなのに手足が細くてバランスが美しい。完成された女体とはこうゆうのを言うのか?
「…これが…20800で……こっちが……16800。……ん〜?。……」
「……………。(なぜダブルサイズに拘る?。…まさか一緒に寝る気か!?。でも同居は確定してんだよなぁ。…俺の方が後から来たのかもだし。さっきの恋人繋ぎとか初めてでヤバかったケド…手がちっちゃかったなぁ。)」
そんな彼女を連れて来たホームセンター。さっさと買い物を済ませたら二人で食事でも摂るつもりだ。しかし実は言うほど腹は空いていない。昨夜遅く二人で食べたあの焼き鳥以外は何も口にしていないのに…不思議だ。
真剣な面持ちで下顎に指をやっているうずめさんが素敵で、長く濃いまつ毛が際立って見える。相変わらずな神前装束なのだが、見慣れてきたのか全く違和感がない。どころか周りの景色がどうも煩く見えてしまう程だ。
目覚めて、うずめさんがいないと知った時、俺は少なからず落胆をした。また誰とも話せない日に戻るのかと恐怖さえ感じた。そんな今の俺にとって彼女はとても尊い。もし人ならざる者であっても既に受け入れている。
「あら♪獅子神くん。こんにちは♪。…買い物かしら?。大変そうね?。(きゃー♪こんなに背が高かったのねぇ。肩幅ひろいし顔ちっちゃ♡)」
「え?。ああ初神さん。…あ、昨日の焼き鳥おいしかったです。ありがとうございました。…まぁ、そうですね。何にも無いもので。ははは。(化粧しているウブカミさんも綺麗だったけど、普段の彼女もステキだなぁ。もこもこニットも良く似合ってるし。…ミニスカに生足が眩しすぎる!)」
商品棚の影から現れた生脚な美人に声をかけられてしまった。112号室の初神さんだ。ワインレッドでタイトなスカートに白いスニーカー。クリーム色なふわふわニットなのに、やはりお胸の存在感が。すっぴんなのか透明感が良い。長めで少し癖のある栗色な髪をポニーテールにしていた。
「え〜?独身でしょ?獅子神くん。なのにダブルベッドなのぉ?。あ♪まさか彼女がお泊まりに来るとかぁ?。うふん♡隅に置けないのねぇ〜♪。(それにしても、イケメンなのに黒髪な青年なんて珍しいわぁ。ピアス穴も無いし。喋り方どおりお硬いのかしらねぇ?。なんか勿体ないなぁ。)」
「いやいや!ちょっと寝相が悪いので、せっかくなら大きいサイズが良いかなぁって。(いやあ実は、俺が欲しいわけじゃないんですよねぇ。なんて言えないし。…あれ?うずめさんが。…あ、あんなところにいるし…)」
「そうなんだ。あ。そうだわ。…ね?昨日の夜はなにも無かった?。変な生き物がウロウロしていたとか。…昨夜遅く変な気配があったのよねぇ。(……ここにも何かいるみたいだけど…ん〜。どこからなのか…特定が…)」
そう言われた途端に俺の背中に小さな悪寒がゾクリと走った。そう、どこからともなく、そしていきなり現れた『うずめ』とゆう神前装束な美人のコトを、彼女は察知したと言っているのかもしれない。そうだ。普通に考えれば突然現れたうずめさんは人間とは思えない。しかしそれでも俺は受け入れている。人間不信とまではいかなくとも人よりは彼女の方がいい。
「あ。もしかして石碑の前にいたのって、やっぱり初神さんだったんですね?。月光がすごく明るかったから何気に窓を開けたら見えたんですよ。(ここは掘り下げないようにしよう。俺だって薄々…解ってるんだし…)」
「あら見てたんだ。まぁ…あの石碑の言われは知らないんだけど、時々呼ばれている気がするのよね?。あ、あたしそもそもは神社の娘だから♡。(どこからなのかしら?やっぱりざわざわするわね。でも悪い奴じゃ無いのかも?。…いいえ、此の世に未練がある者は侮れないわ。でもどこ?)」
「へぇ。見た目から霊感とかありそうですもんね、初神さんって。(やっぱりうずめさんの事だよな。でも…まだあそこでベッドマット見てるし、実在してるのは確かなんだよなぁ。手も握れたしちゃんと温かだった。)」
霊を感じる事のできる初神さんを前にして、俺はけっこう動揺している。もしかしたらこの女性が、うずめさんを祓ってしまうんじゃないかとさえ考えた。神社がなんの為にあるのかとか詳細は知らずとも悪い存在を消し去る場所だとゆう事くらいは理解している。今は二人を会わせたくない…
「そーゆー君もなかなかみたいねぇ。ビンビン感じるわ♡。ね?。れお君って呼んでいい?。あたしもハジメでいいから♪。何なのかなぁ?この感じ。…変なコト聞くけどぉ…女性経験はあるの?。レオ君モテそうだし♡(なっ!?何を訊いてるのよあたしっ?。引かれたらどおすんのよっ!。とか…何でこんな事が気になったんだろう?。凄くドキドキしてるし…)」
「まっ!?。まさかですよ。俺…全然モテませんし。それに半年前に高校を出たばかりなんで、女性とのおつきあいなんてしたコトもないですよ。(もしかして洗面所の事を言ってるのか!?。みっ!見ちゃったけど触ってないし!。あ。そんな事を知ってるわけ無いか。なに慌ててんだ俺…)」
唐突な彼女の質問に俺はしどろもどろになってしまった。年齢=童貞な俺がモテるわけもないしモテたいとか考えた事もない。自分で言うのも何だが、恋愛さえしてはいけないと考えているのだ。万が一にも俺とお付き合いする不幸な女性がいてもきっと後悔する。将来的にも俺なんかが持って良い家庭は無いのだ。…家族の温かさとか愛だとか、俺には無縁な話だ。
「そうなんだぁ♪。うふふっ♪あたしと同じね♡。…それじゃあさ?レオくん。…もしもアタシとの一夜に値段をつけるとしたなら幾ら払える?。(どうしちゃったのよ!?アタシっ!。まさか何かに影響されてる?。首の後ろとか…前頭部が少し痺れる感じがするわ。…まさか…霊障っ!?)」
「えっ!?。…俺なんかがハジメさんに値段なんてつけられませんよ。そもそも相場も知らないし、そーゆーことに抵抗感あるほうなんで俺。(この人は何を言い出すんだよ?。俺に買えって言ってるのか?。あ。ハジメさん、そうゆう仕事をしているんだ。逆に失礼な事を言っちゃったな…)」
またも俺に突き刺さった初神ハジメの言葉。何となく知っていた大人の世界の裏話。そこに愛情など無く、ただ男は自身の性欲と肉欲を満たす為に金を支払い、好みの外観を持つ女体を人身売買している。そしてその逆も当然として存在するらしい。需要があるから必然的に供給される、灰色な世界観を背景にしたヒューマン・ビジネス。なんだか胸焼けがしてきた。
「そーよねー?。あたし、会員制のクラブでバニーやってるんだけど。五万で付き合えって客に言われたのよ。そしたら支配人、勝手に話を進めちゃってねぇ。…嫌々だけどついて行ったわ。でもホテルの前で逃げ出しちゃった♪。そう…値段とかじゃないのよ。好きな人とするのが当然だし。でもしくじったなぁ。時給だけは良かったのに…多分クビねぇ。あ〜あ。(さっきよりも…頭の痺れが強く。それに…何でレオくんを試すような事を言い出してるのよ!。んあ♡。なに?…この痺れが…気持ち良くなってる?。…まさか彼がアタシに干渉して?。…違うわ。この感じは、もっと別のトコからっ♡。…なに?なんで気持ちよくなってるのよアタシ!?)」
ありゃ。またも俺はあらぬ失礼な誤解を。まだまだ無知で、世間知らずなんだから独り善がりな判断は良くない。しかし無職な俺が言うことではないけど、理由はどうあれ仕事を無くすとゆうことは社会的な居場所を無くすとゆう事で、当人としても…とても不安になるのではないだろうか?。
しかも家賃が激安いアパートで暮らしているのだ、経済的にも余裕が無いのかも。…もしかして値段がどうとかって話は…そうゆうコトなのか?。
「もしも俺が…10万出すって言ったら…売ってくれますか?。ハジメさんを。(だーっ!?。ナニ言い出してんだ俺はー!?失礼すぎるだろ!。でも…着いて行ったって事はお金に困ってるのかも知れないし、あんな美味しい焼き鳥をタダで貰ったまんまじゃ申し訳ない。ここは男気だ!)」
「あははは。冗談なのわかってるくせにぃ。…でも…レオくんならいいかな。1年間貸し切りでも良いわよ?。通い妻してあげる♡本気ならねぇ?(あれ?。痺れが軽くなってきたわ。やっぱり誰かに干渉されていた?。元とは言え神楽を舞っていたあたしに干渉するなんて。どんな怨霊よ?)」
何となく挑発的な表情で言い返してきた初神さん。もちろん俺は大真面目だ。身体がどうとかではなく『助けられたら助ける。』これは当然のことだと思っている。お金に余裕などまったく無くとも、あのパックに入りきれないほどの焼き鳥のお陰で腹も膨れたし、なによりうずめさんが嬉しそうに食べていた。それに初神さんはこの街に詳しそうだ。頼んでみるか。
「はい。買います。でもひとつだけお願いがあります。…料理を学べるバイト先を紹介してもらえませんか?。料理の種類は問いません。俺、基礎を現場で学びたいんです。高級店じゃ無くてもいいので…お願いします。」
「あら?調理師になりたいの?本当に面白い人ねぇ。あの業界はキツいし厳しいわよ?時間だって長く拘束されるし。(また?。絶対にいるわ!。でもいったいどこから?。どこに隠れているの?。…位置が…掴めない。)」
少しだけ眉をひそめた初神さんが俺をまじまじと見ながら色っぽく桃色なくちびるに手をやった。少し何かしらを思案しているらしい。とゆうことは心当たりのお店とかあるのかも知れない。そうしている内に肩幅の窮屈な俺の濃灰色なジャケットの裾を後ろから引っ張られた。うずめさんだ。
「…れお。……あそこのが……12000で……一番安いの。……買お?…」
「あ。うん。…ちょっと待ってて?。すぐに行くから。…すみませんハジメさん。…俺、この街の右も左もわかりません。なので、お願いします…」
「ん!?。オッケー。じゃああたってみるわね?。それじゃあ〜レオくんの就職が決まったらアタシを買ってね?絶対だからね♡。うふふふっ♪なんだかギブ・アンド・テイクみたいになっちゃったけど、楽しみだわ♡。(嘘みたいに頭の痺れが消えたけど…パンツ…代えなきゃ。…もしかして…レオ君に発情しちゃったのかなぁアタシ。…やぁん。お股がぬるぬる…)」
そう言ったハジメさんが笑顔で手を振って背を向けた。どこからどう見ても美しい人なのに五万円ってなんだよ?。そもそも女性の身体に値段をつけること自体が間違ってるとか思わないのか!。とか…怒っている俺が彼女に10万とか言ってるんだし。だけど、国にお情けで与えられた金なんてパーッと使ってしまうほうがいい。…それが初神さんの役にも立つし。
「う〜む。予算がこんなに…(これはうずめさんに感謝しないとダナ。)」
「うふふ。……みんな……優しい…し。……すごく…安かった……ね?。……」
そう。全てがとても安かった。ほんとに申し訳ないくらいに。ベッドマットに、ツードアな冷蔵庫に、洗濯機にガスコンロに、40インチな液晶テレビに、その他もろもろ。そのすべてを揃えて税込み53000円だ。しかも当日に配送され、そして全てが設置済み。しかも無料とは恐れ入る。
勿論、鍋や皿や茶碗なども2人分揃えたし掃除道具やお風呂用品なども余すこと無く揃えまくった。それでもレジで『サービスです』と半額で買えてしまう。もしかしたらうずめさんって…福の神の化身じゃなかろうか。
しかし外食はしなかった。うずめさんが嫌がったからだ。激安!と書かれた看板に釣られて初めて入ったスーパーで、また瞳を輝かせた彼女に食材のチョイスを任せる。同じ野菜を両手に持って重さを確かめたり、真剣な顔で肉を見つめているうずめさんが凄く可愛い。…爆買いしてしまった。
二人で食材を冷蔵庫に詰めて、二人で食器を棚に片付けて、二人でサクラ色なラグを広げて、二人で寝具などの位置を決めた。中くらいな段ボールが2つだけだった俺の部屋は、なにひとつ不自由のない生活空間に生まれ変わる。俺はガラスの卓袱台にペットボトルをふたつ置くと、胡座をかいてテレビをつけた。あっと言う間にもう夕方だ。夕飯は何をつくろうか。
「はい。お茶。少し休んだらご飯を作るよ。…お?。どしたのうずめ。」
「ここに…座るの。……れお。……とても…あったかい。……うふふふ♪」
興味深そうにテレビを見るうずめさんが、さも当然のように俺の胡座に収まった。ふにゅっと伝わるお尻の弾力と、青黒い髪から漂う野花に似た甘い香り。俺は思わず両腕で彼女を包みこんだ。その腕を抱え込むうずめさんが可愛い。俺は人として間違った選択をしたのかも知れない。しかし悔いることは無いだろう。そもそも人の社会に馴染める自信など無いのだ。
それでも生きる事は諦めない。必ず天寿を全うして輪廻転生を完成させてみせる。来世こそは普通の家庭で普通に育てられてみたい。父の逞しさを知り、母の温もりを知りたい。そして他者に偏見を持たれることも無く、陰口を叩かれない学生生活を送ってみたいのだ。できれば友も作りたい。
そうしなければ、親も知らない今の俺のままでは人の優しさや思いやりとかを信じる気にもなれないのだ。慈愛や博愛や平和を口にしながらも、人を騙し搾取し殺すのは人だ。そんな世の中で、最低限な生き方しかしてこれなかった俺が順応できる気はしない。だが否応なくサイは投げられた。
そこに突如として現れた『人ならざる美女可愛い神前装束な女の子。』今もテレビの画面が切り替わるたびに、ビクッ!と身体を揺らして反応するうずめさんが可愛い。そうだな、この女の子なのに無防備がすぎる幽霊さんが俺の寿命を突然ゼロにしたとしてもそれも定めだろう。いや逆に、次の人生への近道になるのかも知れない。ん?その為に来てくれたのかも?