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うずめさんと二人でキッチンに立った。あまり広くはないのだが不便はなかった。横からジーッと見ている彼女が可愛くて、ついつい張り切ってしまった。自慢のポテトサラダに、大き目に巻いた出汁巻きと、香辛料を効かせたチキンソテー。一品ごとに目を大きくして、美味しそうに食べてくれるうずめさんに作り甲斐を感じる。美味しい笑顔は…やっぱり嬉しい。
風呂にもなぜだか、彼女と二人で入ってしまった。目のやり場に困りながらも湯船の中では必然として密着されてしまう。美しく若い女性との混浴に強烈な素肌の重ね合い。その全てが初体験すぎて目を回しそうだった。
そして湯上がりには抹茶味のアイスバーに舌鼓を打ち、今は買ったばかりのお揃いなパジャマを着ている。とは言え色違いのジャージなのだが、神前装束ではないうずめさんに俺は妙に興奮してしまった。襦袢とゆう肌着は着てもパンティーやブラジャーを着けない彼女に高熱でも出しそうだ。
しかしその幸せな時間はやはり続かない。邪魔者が突如として強襲する。
「コンコンコン。…獅子神さ〜ん。野々神っすー♪。いますよねー?。居留守を使っても無駄っすよー?。こんなに明かりが零れてるっすからー。」
「!?。はーい、いま開けまーす。(なんだよもうっ!いい感じだったのに!。またモデルとか言われるのかな?。あ。うずめさんどうしよう?。まぁいいか。ここはハッキリしておいた方が絶対にいいはずだしな?)」
昨日の悪夢が頭をよぎった。あんなセクシーな格好で、あんなにも淫らなお願いをされてしまったので、思わず頭を縦に振るところだった。その危険性に気がついたから俺は考えるのを辞めてしまったのだ。危なかった。
野々神ののか。本人は無頓着なのだろうが、あのナイスバディーで、しかも童顔な美大生ギャルに、男がいないのは異常だと言える。そのくせスケベさを曝け出す爆弾発言は、もはや童貞殺し級だ!。できうるならハジメさんみたいな大人の色香を見習って欲しい。つまりはちょっと落ち着け!
「はい。すみません野々神さん。あの。も…モデルの件はまだ思案中で。」
「いやいや〜♪。その件で来たんじゃないっすよ♪。昨日いただいた引っ越し蕎麦のお返しに来たっすぅ♪。あの…入れてもらってもいいすカ?」
「は。はぁ。…どうぞ。(ほっ。今日はちゃんと服を着てるな。それでもあの薄いコートの下は裸かも。何にしても相手は痴女だ。油断するな?)」
「わっ!?。あーしの部屋とぜんぜん違うじゃないっすかー!。あーしの部屋は畳敷きっすよぉ!?しかも壁なんてまっ茶っ茶なんすけどー!何スカこの差はーっ?。もしかしてレオさん!オーナーの愛人なんすか!?」
「いやいや!。オーナーさんなんて!会ったこともないですからー!?。(なんでそーなるんだよっ!このエロギャルはーっ!。でも可愛いんだよなぁ。…現役の女子美大生。…なんか言葉の響きまでエロいし。あれ?)」
部屋に上げた途端に野々神さんが叫びだした。玄関からは目隠し的な壁があって部屋の中までは見えないようになっている。小脇に抱えている長方形の茶色い大きなカバンがやけに重たそうだけどナニが入ってるんだろうか。それよりも、彼女が部屋に入った途端にうずめさんの姿が見えなくなった。さっきまで新しいベッドマットの上で凄く嬉しそうにしてたのに。
「……じ、実は、レオちんを…男と見込んで頼みがあるっす。いいスカ?」
「また常識外れな頼みじゃなければ聞きますけど?。はいお茶どうぞ…(なんだよ『獅子ちん』って。でもモデルの話でもないなら何だろう?。うっ!?。なんだか…悪寒が。…うずめさん…どこに隠れたんだろ?。もしかして見られたくないのかな?。まぁ…その辺は口を出せない領域か…)」
うずめさんが姿を見せないまま、俺はお茶を用意した。彼女独特な甘い気配はあるのだけれど姿は見えず、何気に洗面所を覗いてみる。たが俺の期待は敢え無く消えた。まさかまたお風呂になんて入らないよね?。はは…
「…締切は明後日の正午っす。とあるインディー雑誌の読み切り依頼があったっす。そしてこれはその原稿っす。全部で51ページの大作っす。」
「……見てもいいですか?。…んん?。ちゃんとできてるじゃないですか。あ、髪の毛とかにバツ印が。随分と白いところが目立ちますね?。(なっなっ!なんじゃこりゃーーっ!?。はだかの女の子ばっかりじゃん!。しかもア~ン♡な事やコ〜ン♡なコトをしてる絵ばっかりだしっ!?。)」
「頼みとは…そのバツ印をインクで埋めてゆく『ベタ塗り』っす。ペン入れとブラシ、スクリーン・トーンまでは済ませたっすけど、ベタ塗りだけが終わらないんっす。シールシートなスクリーンはサクサク終わるんすけど、ベタ塗りは指先の繊細さを必要とするんっす。あ、勿論タダじゃ…」
「すみません。俺には無理ですよ。漫画も読んだことないですし。(絵がとっても綺麗すぎて、俺が関わったらぜんぶ駄目にしちゃいそうだよ。器用ではあるけど…活かせたこと無いんだよなぁ。すぐにムキになるし…)」
あれは高校生活最後の学園祭だった。1年や2年の頃は背が高いこともあって生徒委員会の依頼でゲートの設置や大道具などを担当していた俺が、クラスで開くメイド喫茶のビラデザインを初めて統括することになった。コピー前の下絵から仕上げまで。その全てを任されたのだ、俺は俄然奮起した。しかしその事で、メイド担当の女子たちの顰蹙を買うことになる。
「ほんっと!こんなギリギリまで待たせるなんて。獅子神使えな〜い!」
「知ってる?。アイツ拘って何十回も書き直してたのよ?…馬鹿じゃん。」
「出来上がりは悪くないけど…所詮はビラよ?。用が済めばポイなのに…」
「ったく。当日に持ってこられてもねぇ。校門の前で事前に配るから集客できるのに。…あーあ。赤字にダケはならないように頑張らないとねぇ…」
「………………ごめん。」
そう。プリントを頼んで出来上がったのは開催の前日だった。俺としては何とか間に合ったと思っていたのにクラスメイトの評価は散々だった。彼女たちの言い分では、メイド服に着替えたと同時に集客に向かいたかったらしいのだが、注文した業者さんの刷り上がった時間が遅かった為に翌朝の9時着配送になったのだ。そしてその時間には他のクラスはすでに配り始めている。それがクラスメイトたちは非常に気に入らなかったらしい。
「えーっ!?どうしても無理なんすかぁ?。塗るコツはあーしが教えるっす!助けると思って!どーかお願いするっすー!。レオちん!お願い!。あ。なんなら報酬も先払いするっすよ?。先ずはあーしがバナナやアイスで鍛え上げたディープなフェラチオでご奉仕するっす♡。しかも今なら漏れなく乳揉み付きっすよぉ?。指を入れないならアソコも触れるっす♡」
「そーゆーのは間に合ってますからお帰り下さい。(破廉恥が過ぎるぞ!ののか!。ごりょーしんが聞いたら絶対に泣くぞ!。…まったくもう!)」
「いやいや!冗談っすよお?。報酬は五万円!。これだけあれば風俗店でもリッチなコースに行けるっすよね?。…はいこれ♪。前払いするっす。」
「あ。俺。風俗とか興味ないんで。お金もそんなに。(ったくしつこいなぁ。ほら早く帰れよ。うずめさんとイチャイチャしたいんだよ俺は!)」
「それじゃあレオちんが納得できる報酬条件を出すっす!。あーしにできることなら何でもする覚悟っす!。今回の依頼を飛ばしたら数少ないファンの方々にも申し訳が立たないんっすよー!。この通りっす!お願い!」
「……………。(ここまで必死に頼まれるとは思わなかったけど、やっぱり甘い顔は見せたくない。ここで引き受けたら、また調子に乗って俺を利用するんだろうし。そもそも出会って二日も経ってないのに、何の義理が…)」
そんな苦い思い出から俺は何かを頼まれるのが苦手になった。特にこうして形の残る物や、誰かに見せたり見られたりする物には憂鬱さえ感じる。そしてここまで完成度の高い絵だ。たとえエロ本用の原稿だとしてもその大切さは俺にでも解る。しかも何かしらな報酬が付くのならば尚更だ。もしも俺が変に拘ったり、手を止めてしまったりしたら逆に申し訳がない。
「はぁ……。それじゃあ、その両方の倍を報酬にしてください。それなら手伝いますよ?。(ふふふっ。ここまで言えばさすがに諦めるだろう。そもそもそーゆー仕事は、大学の友達か漫画仲間に頼んだ方がいいぞ?。人懐こいギャルなんだし友達なんてたくさんいるだろう?。ほら帰れよ。)」
「分かったっす!お金はこれでっ!。ささ、さっそく下を脱ぐっす!。遠慮なく口内射精していいッスからね?。そーゆー経験も糧にするっす!」
「…報酬は今度でいいです。…時間がないんでしょ?。…手伝いますからさっそく教えて下さい。(もう…回避は無理だな。…人助けなんて柄じゃないけど仕方ない。断ったところで埒があきそうもないし。うずめさぁん…)」
卓袱台が小さいので野々神さんに使ってもらい、俺は開いた段ボールを組み立ててその上で作業を始める。ヒラ筆と面相筆と普通の毛筆の3本を使って仕上げていくらしいのだが、なるべく細い部分から塗るようにと言われた。各コマ割りの中のバツ印を見つけ出して塗り潰してゆく。しかしやはり繊細な線の描写が多く目が異常なほどに疲れた。漫画を描くのって思っているよりも遥かに重労働だ。しかも51ページなんて。もはや鬼か?
しかし…塗っても塗っても…塗ってもぜんぜん終わらない。…これをひとりでコマ割りをして、下絵を描いて、ペンを入れて、消しゴムをかけて、羽根ほうきで綺麗にしたらスクリーン・トーンを貼って、削って、奥行きや立体感を出してから、髪や影などを更に際立たせるためにベタ塗りする。そして最終的な出来上がりを確認したらホワイトで修正なんて、地獄だ。
「……れお。……上手ね。……お夜食つくったから……食べて……ね?。」
午後の11時過ぎ。ここで俺は約12ページ分のベタ塗りを済ませてる。その原稿をチェックしながら修正を加える野々神ののか。その表情は真剣そのもので、さっきのエロさは欠片もなかった。ずっとその顔をしていたら芸能界からスカウトがあるかも。と思えるほどに綺麗で魅力的だった。
不意に横から俺の顔を覗き込んだうずめさんが、そう告げた途端に眼の前から消える。俺はその言葉に顔を上げると、キッチンのコンロの上に、皿に乗せられたおむすびが置いてあった。ちょうど腹も減ったところだ、有り難くいただこう。俺は野々神さんに声をかけて…その皿を持ってくる。
「…れお……眠いね?。……こーひー…入れたから……飲んで?……ね。…」
午前四時過ぎ。ようやく折り返しに来た。今しがた26ページ目のベタ塗りを終える。瞼が重くなってきた。そろそろ眠気も限界に達しようとしたタイミングで、またもうずめさんが声をかけてくれる。そしてキッチンには湯気の上がるマグカップがふたつ置かれていた。俺はおもむろに立ち上がりそのマグカップのひとつを野々神さんに差し出す。しかしそのコーヒーを入れてくれた彼女の姿はどこにも無い。まさに世話女房そのものだ。
「やったよ!レオさんっ!。全ページのベタ塗り完了っす!。修正だけならあーしひとりでもすぐに終わらせられるし思いっきり感謝するっす!。それじゃあ早速ぅー♪レオさんに報酬を支払うっす♡。もうセックスでいいっすよね?。あーしに好きなだけずぷずぷするっす♡。ほらほらぁ♪」
「いやいや…終わったんなら部屋に帰って寝てください。…くあっ。む。もう昼ですよ?本当に元気ですねぇ野々神さんは。…でも…お礼を言わなきゃですね。…ベタ塗りをさせてもらって…漫画を描くのって本当に大変なのがよくわかりましたよ。…俺、もう限界です。…寝るんで…お疲れ…」
「あららぁ。本当に寝ちゃうんっすかぁ?レオさぁん。…ありゃ。ガチ寝しちゃうんだぁ。…うふふふふ♡。それはそれで、あーしが乗っちゃっても良いよって事っすよねぇ?。……ひっ!?。今の…なに?。ひゃっ!?。こ、この悪寒はなぜ!?。……も……もしかして……誰かいるんすかぁ?。」
「………………………。」
こんなに気持ち良く爆睡したのはどれくらいぶりだろう。思いっきり伸びをして明るい部屋の中を見回した。薄い水色なカーテンの外は既に暗くなっている。俺は漂ってきた味噌汁の香りで目を覚ましたのだった。そしてベッドマットに横になっていた俺の隣にはうずめさんが寝転がっている。
野々神ののかさんが持ち込んだ、あの大量な原稿を仕上げたところまでは覚えているのだが、そこから後はどうなったのか全く解らない。とゆう事は、恐らく気を失う様に眠りに堕ちたのだと思う。しかしうずめさんの色っぽい微笑が意味深に見えた。何となくだが、女の色香が…漂っている?
「…………………。(まさかとは思うけど…ヤっちゃったのか?…俺。…いやいや!そんな記憶はまったく無い!。それに…下はちゃんと穿いてるし!)」
「…おはよう。…れお。……気持ち良く寝れた?。…晩ごはん…食べれる?」
「!!?。…う、うずめさん…おはよう。うん。…か、顔を洗ってくるよ。(なんだか嬉しそうなんだけど?。…まぁ…怒らせるよりは…いいか。)」
言い方は悪くなるが、うずめさんが居る前で成人女性を部屋に招き入れ、殆ど会話もなく筆を走らせていた俺を見ていて、彼女はどう思っていたのだろう?。俺の感覚なら怒られても仕方ない事をしたと思っているのに、うずめさんはニコニコとしている。何となく不気味なのだが考え過ぎか?