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俺はフィアディル公爵邸の中を歩いていた。
リリアーナがロンリア嬢に突き飛ばされ、階段から落ちたと聞き、急いでここに転移してきたのだ。
……よくもリリアーナにそんなことをしてくれたな。
俺は怒りでどうにかなりそうだった。
本当なら今すぐロンリア嬢を消したいところだが、幸いリリアーナ自身に大きな怪我はなかったらしいので俺は堪えることにした。多分、彼女の中の魔力が持ちこたえたのだろう。彼女に治癒力があって本当に良かった。
と、リリアーナの部屋の前に着く。
俺が扉をノックすると、中からリリアーナの専属侍女の「どうぞ」という声が聞こえた。
俺は中に入り、横たわっているリリアーナの方に向かう。
と、リリアーナの専属侍女が俺に会釈し、退室した。
リリアーナを見ると、彼女は瞼を伏せていた。
俺はベッドの脇に座り、彼女の頬を撫でる。
彼女が不憫でならなかった。
彼女は何も悪くないのに。
なぜこの世界では優しいひとばかりが酷い目にあうのだろう。
「……リリアーナ」
俺はそっと目の前にいる愛しいひとの名前を呟いた。
どうか……、どうか目を開けてくれ。
ただただ懇願する。
と、彼女の長く濃い睫毛が、ふるりと震えた。
俺は目を見開く。
すると、彼女の瞼が開かれ、淡い撫子色の瞳が露わになった。
「っ!リリアーナ……!大丈夫か?」
彼女は無表情だった。
その美貌に、何の感情も浮かんでいなかった。
彼女は無表情のまま俺の方を向く。
「リリアーナ……?」
明らかに彼女の様子がおかしかった。
俺の胸は不安でいっぱいになる。
と、彼女が口を開いた。
「……どなたですか?」
俺は目を見開く。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
……そんなまさか。
俺の全意識が否定する。
信じられなかった。信じたくなかった。
その後、医師により、彼女は記憶喪失だと言い渡された。
冗談だと言って欲しかった。
でも、確かに事実だった。
彼女が俺たちを忘れてしまったことが。
俺は彼女の専属侍女に「これから毎日来る」と言い、魔搭本部に戻った。
俺は父に話しかける。
「父上。お願いがあるのですが」
「……何だ」
父は腕に本を抱え直し言った。
「しばらくお暇をいただきたいのです」
「……そうか。わかった」
あっさり承諾され、俺は目を見開いた。
と、父はほんの少し微笑む。
「わかっている。フィアディル公爵令嬢のことだろう。行ってきなさい」
父のその言葉に、俺は胸が少し温かくなった。
俺は父に深く頭を下げる。
「ありがとうございます、父上」
「礼には及ばない」
父は俺に背を向け、去っていった。