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その日の正午、リューガは集まった全ての人員と物資を携えて野営地を引き払い凡そ九百名を率いて出陣した。内部に無視できない不安を抱えてはいたが、既に賽は投げられたのだ。
早朝のうちに大砲部隊を動かして配置につかせ、自らも大軍を率いて出撃。目標は『黄昏』の制圧であり、『暁』の壊滅は二の次だと考えている彼は、この大軍と砲撃、戦車による威圧で『暁』が降伏してくれることを密かに期待していた。
事前の情報で『暁』の人員が二百名足らずであることは把握しており、四倍の戦力に彼らを越える新兵器の存在がリューガにそのような期待を抱かせていた。
斥候を尽く潰されたことで詳細な情報は手に入らず、戦力を活かして他方向からの攻撃も考えたが捨て石にされると疑心暗鬼に囚われた配下達は納得せず、正面からの攻撃を行う羽目となったことが彼に不安を与えていた。
その不安を自らが率いる大軍を見ることで安心しようとするが、それも出来ない。彼が唯一信頼できるのは、カサンドラが率いる百名足らずの傭兵団のみである。
内訳としては二百の騎兵が存在するが、残る七百は歩兵である。それぞれ自前の武器を携え、そして『血塗られた戦旗』が一年掛けて準備した銃器で武装していた。
問題は傭兵集団であることで、大軍を活かすための集団訓練などは一切行っておらず個々の実力などに依存するしかない点であった。
更にリューガに対する不信感は強く、彼が前に出ない以上誰も前に出ようとはしない士気の低さであった。
対する『暁』は様々な策を用いて現状を作り上げ、防備を固めた上で彼らを迎え撃つ。四倍以上の戦力差があるものの士気は高く、日々の厳しい訓練の成果で集団戦に対して一切の不安を持つことはなかった。
そして援軍として馳せ参じた二百の『海狼の牙』の部隊は、西部陣地に居なかった。
「文字通り血を流して貰います。最も危険で、そして武功を挙げるのに最適な場所を用意しましょう」
シャーリィの説明を受けたメッツは満面の笑みを浮かべて了承。彼が率いる荒くれ者達は来るべき時に備えて身を潜める。
指揮系統の統一を行うためにエレノア率いる海賊衆とエーリカ率いる自警団もマクベス指揮下に組み込み、万全の体制とは言えないが出来る限りの準備を整えて『血塗られた戦旗』を待ち受ける。
シャーリィは指揮をマクベスに任せて幹部連と一緒にトーチカ内部へ移された野戦指揮所に待機する。
総力戦を意識したシャーリィは、これまで参加を見送っていたドルマン率いるドワーフ組の参戦を許可。銃器と斧で武装したドワーフ達五十名が戦列に加わり、西部陣地は二百名の戦力を集めることが出来た。
残る五十名は他方面警戒のため分散配備されている。
「いよいよワシらにも出番が来たか。腕が鳴る」
野戦指揮所にて鎧を纏ったドルマンは愛用の手斧を撫でながら気炎を挙げる。
「無茶はしないようにしてください。被害は最小限に留めたいので」
「分かっておるよ、嬢ちゃんを泣かせるような真似はせん」
「ありがとうございます、ドルマンさん」
「ドルマンの旦那達も参加するなら心強いな」
「大船に乗ったつもりで居れ、ベルモンド。銃はもちろん、斧の扱いには自信がある」
ベルモンドの言葉にドルマンは斧を見せながら凄味ある笑みを浮かべる。それを見てベルモンドも頬を緩めた。
「そりゃ良いな。俺としては、お嬢の出番が無けりゃ言うことは無いんだがなぁ」
「いざとなれば魔法を使いますよ、ベル」
「良いのか?お嬢。上手くいっても今回は殲滅なんて無理だ。魔法を使うって話が広がるぞ」
これまでの戦いでは敵を殲滅したためシャーリィの魔法が広がることはなかったが、今回は相手が多すぎて殲滅は不可能であると結論付けられている。
「それでも、です。どのみちマリアには知られました。『聖光教会』が知るのも時間の問題。大切なものを守るためなら躊躇はしません」
「相変わらず覚悟が決まってるようで何よりだ。それなら俺達はお嬢が出なくて済むように気合いを入れないとな?ルイ」
「ああ、シャーリィの敵は俺の敵だ。ぶっ殺してやるさ」
銃剣を取り付けた小銃を片手に、ルイスが答える。
「ルイ、無茶はしないように」
「お前もな、シャーリィ。ベルさんより前に出るなよ」
「善処します」
「その言葉、護られた試しが無いんだよなぁ」
苦笑いを浮かべるベルモンド。
そして陽が沈み始める頃、鳥笛を用いたモールス信号が絶え間なく届く。
「敵部隊『黄昏』西方に現れました!距離は三キロ!隆起を利用して、此方の砲撃を警戒しています!」
「数凡そ九百!多数の騎兵も確認しました!」
「更に、先日の戦いで使われた装甲車両らしきものも複数確認!」
次々と舞い込む情報は速やかに紙に記されて、テーブルに広げた地図に書き込まれていく。
「二キロ以内に来てくれれば砲撃できますが、隆起した地形も考えものですね」
「はい、射程の利を活かせていません。今後の戦訓として対策を練ります」
シャーリィの呟きに砲兵隊を率いるマークスが答える。これまでの敵は無造作に接近してきたので砲兵隊の良い的であったが、隆起が激しい『ラドン平原』では長距離射撃の利を完全に活かせてはいない。
この戦いの戦訓で後に観測班が設立されることとなる。
「間も無く陽が暮れます。夜襲に警戒しつつ各自休息を取ってください」
『血塗られた戦旗』は翌朝に備えるためか、『黄昏』西方三キロの位置で停止していた。
これを見てシャーリィも夜襲に警戒しつつ翌日の戦いに備えるため各自に休息を命じた。だが、今回の敵は一筋縄ではいかなかった。
突如大気を切り裂く音が鳴り響き陣地のすぐ近くで二つの爆発が起きた。
「っ!?今のは!?」
咄嗟にルイスがシャーリィを抱き寄せ、二人を護るようにベルモンドが覆い被さる。
ルイスに抱かれながらシャーリィは目を見開く。
「確認急げ!」
しばらくすると再び雷鳴のような音が響き渡り、陣地のすぐ近くで爆発が発生。
「これは!敵の砲撃です!もう砲兵陣地を設営したのか!」
マークスが砲撃によるものであると判断して叫び、再び飛来した砲弾は陣地内に着弾。塹壕に潜む兵士達に舞い上がった土が降り注ぐ。
「やはり威力がワシらのものより高い!」
爆発を確認したドルマンが悔しげに叫ぶ。
「トーチカへ避難しろ!遮蔽物の陰に隠れるのだ!間違っても塹壕から出てならん!」
マクベスが各所に伝令を走らせる。
「やれやれ、長い夜になりそうだねぇ」
「不躾な子守唄です。うちの子達が眠れないではありませんか」
降り注ぐ砲弾と鳴り響く轟音、そして揺れる大地にエレノアは苦笑いを浮かべ、カテリナは怒気を含む言葉を漏らす。『暁』にとっての長い夜が始まろうとしていた。
そしてそれは、この戦いが一筋縄ではいかないことを意味していた。