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「やっぱり瑠璃香の作る卵焼きは世界一美味いな」
「もう、褒め過ぎですよ」
「本当のことだからな」
ニヤリと笑うその顔を見るだけで、瑠璃香も嬉しくなる。
けれど。
晴永は不意に真剣な顔になると箸を置き、静かに口を開いた。
「……実はな、さっき言えなかったんだが……じいさんからもうひとつだけ条件を出されてる」
瑠璃香は顔を上げる。
「条件……?」
「俺はその一年の間、角宮邸へ戻ることになった。瑠璃香はこのままここにいて……この家を守っていて欲しい」
一瞬、意味が分からなかった。
「え……?」
「俺だけ、一年間向こうで暮らす」
その言葉が胸へ落ちるまで、少し時間がかかった。
向こうで暮らす。
つまり。
「私とは別々に暮らす……ってことですか?」
「ああ」
思わず部屋を見回した。
ソファ。
キッチン。
リビング。
寝室へ続く扉。
どこを見ても晴永がいるのが当たり前だった。
仕事から帰れば『おかえり』と言って。
一緒にご飯を食べて。
同じ家で眠る。
そんな毎日が、終わる。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「……寂しいです」
正直な気持ちだった。
晴永も苦く笑う。
「長いよな。一年」
「はい」
少しだけ沈黙が流れる。
けれど瑠璃香は顔を上げた。
「でも、必要なことなんですよね?」
「ああ……」
「だったら私、ちゃんと待ちます」
晴永を真っ直ぐ見つめる。
「ここで……なまこと一緒に」
晴永は少し驚いたように目を見開き、それから穏やかに笑った。
「帰ってこられる場所があるって思えるの、こんなに心強いんだな」
そう呟くと、食卓越しに瑠璃香の手を包み込む。
「絶対瑠璃香んトコへ帰ってくる」
「はい」
二人は笑い合った。
食事を終え、時計の針が夜を告げる。
晴永は、今夜からもう、角宮邸へ戻らねばならないらしい。
「荷物はまた取りに来る」
「はい」
玄関まで見送る。
名残惜しくて、お互いなかなか手を離せない。
晴永はそっと瑠璃香を抱き締めた。
その温もりを忘れないように、瑠璃香も背中へ腕を回す。
やがて、そっと唇が重なった。
短く。
けれど、この上なく愛おしい口づけ。
唇が離れる。
晴永は微笑んだ。
「行ってくる」
その一言に、胸が熱くなる。
ここは、晴永さんが〝帰ってくる場所〟なんだ。
瑠璃香は涙を堪えながら笑った。
「……いってらっしゃい」
「じゃあまた」
「はい。また……」
夫婦にはまだなっていない。
それでも誰よりも愛しくて誰よりも大切な人。
扉が静かに閉まる。
部屋は急に静かになった。
瑠璃香はリビングへ戻ると、なまこのケージの前へしゃがみ込んだ。
回し車を回すことに疲れたんだろう。
巣箱へ戻っていたなまこが、巣の入り口からひょこっと顔を出して、不思議そうに瑠璃香を見つめた。
「一年なんて、きっとあっという間だよね」
扉を開けてそっと指を差し出すと、丸っこい鼻先がフンフンと小刻みに動く。柔らかなひげが瑠璃香の指先をくすぐった。
瑠璃香のにおいを確認したなまこが、なにを思ったんだろう? 小さな両手でそっと瑠璃香の指先を包み込んだ。
そのまま、くりくりした瞳がじっとこちらを見つめ返してくる。
瑠璃香は涙を拭き、なまこに指を預けたまま窓の外を見上げた。
瑠璃香は、晴永が帰ってくるその日まで――ちゃんと前を向いて歩こうと、心に誓った。
latte
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コメント
2件
いってらっしゃいの重み!、
みぅです🤍 もう、この回……静かに泣きそうになったよ……。 「いってらっしゃい」って笑顔で言える瑠璃香、すごく強い。でもその分、胸の奥でぎゅっとなる寂しさが伝わってきて。なまこが指を包み込むシーン、自然と涙がじわっときた。1年後、ちゃんと帰ってくる日を想像させてくれるラスト、好きです🌙