俺は家に忘れ物をした。買い物の途中で気づいて、仕方なく戻ってきた。
玄関に足を踏み入れた瞬間、家の中は静かで……誰もいないように思えた。
けれど……。
二階へ上がろうと階段を上がっていた時、微かに声が聞こえた。
晶哉の声。
そして如月ちゃんの声。
胸がひゅっと縮む。
なんで2人で晶哉の部屋に?
嫌な予感がして、俺はそっと音を立てないように近づいた。
たまたま、ほんの少しだけドアが開いていた。
覗くつもりなんて、最初はなかった。
……でも、見てしまった。
視界に飛び込んできたのは……
ベッドの端に座る如月ちゃんと、向かいにいる晶哉。
涙を拭ったような、どこか不安定な表情の晶哉。
それに優しく寄り添おうとする如月ちゃん。
その時……
晶哉が如月ちゃんを、ぎゅっと抱きしめた。
{……っ。}
心臓が止まるような感覚だった。
息が詰まる。
なんで……
なんで晶哉が……先なんだよ。
胸の奥で、ずっと押し殺してきた何かが、ミシ……と音を立てた。
如月ちゃんの肩に顔を埋める晶哉。
拒まない如月ちゃん。
その光景は、俺の中の“優しさ”とか“理性”とか、そういうものを一気に焼き尽くした。
{……チッ}
思わず舌打ちが出た。
見ずにいられなくなり、足音を立てずに俺は自分の部屋へ向かった。
忘れ物を取り、再び部屋を出る。
晶哉は、いつもそう。
甘えるのが上手い……。
俺だってホンマは……甘えたいのに……。
なのに、いつもお前が邪魔してくんねん……。
もう我慢なんて、できひん……。
気づけば、俺は笑っていた。
自分でも驚くくらい、冷たい笑いだった。
{……あぁ、もうええわ。嫌われても……}
これ以上、ただ見てるだけの男でいるつもりはない。
どんな手を使ってでも……
如月ちゃんは、俺のものにする。
必ず……。
そう決めた瞬間、頭の中の霧がスッと晴れた。
代わりに湧き上がってきたのは、濁った欲望と執着だけ。
そう思いながら、俺は再び足音を立てずに晶哉の部屋の前を通り過ぎ、階段を降り、家から出た。
外の冷たい空気が頬を撫でても、俺の胸の中の熱は一ミリも冷めなかった。
ただただ頭の中には如月ちゃんしかいなかった。
……必ず奪ってやる。
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