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「ごめんっ、なんかもっとロマンティックなプロポーズしてあげたかったんだけど、お墓参りして、バス停にふたりでいたらどうしても言いたくなっちゃって……」
亮介は顔が真っ赤だ。
「未央と付き合った頃から、いつか結婚したいなとは思ってたんだけど、一緒に暮らすようになったら、もう早くそうなりたくてしかたなくて。でももっとホテルで食事しながらとか、サプライズとか──」
未央はそっと亮介の両手を握った。亮介は固まって、未央をじっと見つめる。
「私すごくうれしかった。場所とかサプライズとか、なにも気にしてないよ。私には十分すぎるくらいロマンティックだった。これからもよろしくね」
にっと亮介に笑いかけた。
亮介はそっと顔を近づけたが、未央は人差し指で亮介の唇を押さえた。
「ここ、電車の中。帰ったらしてあげるから」
亮介はボンっと赤くなって離れると、パタパタと手で顔を扇ぎながら、外に目をやる。未央は真っ赤になった亮介をニコニコと見つめていた。
12月。打診されていたリーダー昇格試験を、未央は受けることにした。
ほかのリーダーの先生からもエールをもらい、レシピ開発部のメンバーから話をきき、悩んだ末に挑戦することにしたのだった。
不安はあるが、考えていても仕方ない。せっかくやってきたチャンスなのだからと決心した。
12月中旬に試験がある。いちばん難しいのは営業成績であるが、現状をキープできればクリアは可能。
実技、筆記、面接も、今の実力なら問題ないだろうと言われていた。
それでもさすがに勉強しないわけにもいかず、リーダーの先生に過去問の傾向をおしえてもらったり、実技の練習を家でひたすらやったりと、忙しく過ごしていたが、亮介の完璧すぎるサポートにより、以前よりも余裕を持って過ごせていた。
「亮介、ご両親にご挨拶に行くのって来週の水曜日だったよね?」
ふたりで晩御飯の片付けをしながら、未央は亮介にたずねた。
「そうそう。どした? 都合悪くなった?」
「そうじゃないよ。服を新調しようと思って……ほら、その結婚のあいさつになるわけだしさ」
「気にしなくていいのに。いつもの格好でかわいいよ」
素直な言葉に心臓がばくばくする。そうはいっても、気にする。
未央は次の日、張り切って買い物に行き、紺色の膝下丈のワンピースを買った。これなら問題なくいけるだろう。
亮介の実家訪問を明日に控えて、未央はなかなか眠れなかった。いつもなら寝る時間になっても風呂にも入らず、ぼーっとソファーでテレビを見ていた。
「未央、お風呂先もらうよ?」「うん、どうぞ」
元気のない様子に、ダイニングテーブルで仕事をしていた亮介は心配そうに声をかけた。
「なんか変だね。どうしたの?」
「ちょっと緊張しちゃって……」
未央はサクラを膝にのせたままうつむいた。亮介はそっと未央の隣に座って、頭を撫でる。
「あしたのことなら大丈夫ですよ。もう先に結婚のあいさつだからって言ってあるし、僕のほうが緊張してるくらい」
「亮介が? なんで?」
「前にも言ったと思うんですけど、うちの両親は人より元気がいいです。真面目な雰囲気が苦手な人たちで……。未央が引かなければいいと思うんですが」
「亮介のご両親ってどんなひと? お母さんは刺しゅう教室の先生だっけ?」
「そうです、すごく可愛らしくてきれいな刺しゅうするくせに男勝りだし、よく動くし。刺しゅうの展覧会を見に、ひとりでヨーロッパに行ったこともありました。止まったら死ぬ、マグロみたいな人ですね」
「ふふっ、面白いね。お父さんは?」
「父は、サーフィンが趣味で、ちょっとでも時間があるとすぐ海に出かけてます。年中小麦色です」
「なるほど、なんとなく想像できてきた。だから鎌倉に?」
「いえ。もともと出身も鎌倉で、同級生同士で結婚したらしいです」
「わぁ、すてきだね」
「どうですか? ちょっと緊張はやわらぎました?」
「うん、だいぶ。亮介ありがとね」
未央は、そっと亮介にキスをした。
「未央、たまにはお風呂一緒に入ろ?」
「えっ……」
そう言うと同時に亮介はバッと立ち上がると未央の手を引っ張って脱衣所へ行き、後ろ手でバンとドアを閉めた。