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これは、憑依守護のひなから聞いた話だ。私も一緒に体験しているはずなのに、聞くまで全く思い出せなかった。
聞けば、危ないから思い出さないように記憶に蓋をしてあったとのこと。
最近になって、来る霊を自力で対処できるようになったので、過去の体験談を思い出話として語ってくれた。
一応私の視点でのビジョンで見せてくれたので、その通りに書く。
私が18歳の頃、友達の紹介で飲み屋の仕事を始めた。店が終わるのは日付が変わった2時頃。アフターがなければ大体その時間に毎日タクシーで当時付き合っていた彼氏の家に帰る生活をしていた。
その家は私が現在住んでいる土地からはそこそこ距離があり、最近は行くこともないので今どうなっているのかは知らないが、当時はバス通りかつコンビニやスーパーもあって利便性に優れた立地で、少し歩けば住宅街に紛れた小さな公園があった。
風景からして、9月の終わりだったと思う。
いつも通り仕事を終えて家の近くでタクシーから降りると、随分と空が真っ赤だった。まるで綺麗な夕暮れみたいで、いつもなら直帰するところを、なんとなく散歩がてらに近所を歩こうと思った。
あまりにも綺麗な空だったので彼氏にも共有しようとスマホを向けてシャッターを押す。
今のiPhoneより画質が荒いので、あまり上手く撮れなかった。
まあいいやと開き直って、コンビニまで飲み物を買いに行った。喉が渇いたので烏龍茶を飲もうと思い、会計を済ます。
外に出てペットボトルのキャップを開けたところで、何処からか小さい子供達の楽しそうな声が聞こえてきた。
スマホを開くと午前2時を少し過ぎた頃。こんな深夜に子供達が遊んでいる訳がない。
烏龍茶を飲んで気を紛らわそうとしたが、肉声ではっきり聞こえる。少し気になって、声のする方に歩いてみた。
当時まだ彼氏の家の周辺をあまり探索したことがなく、近辺に何があるのかよく分かってなかった。
声のする方は、彼氏の家の方面からだった。家の付近まで歩けば、徐々に子供達の声が近くなる。でも、声のする方向は彼氏の家の反対側の歩道の方からだった。
信号を渡って反対側の道に歩み寄ると、少し先に公園が見えた。小さくて、遊具も少ない公園だった。
ここに公園があるのは知っていた。でも誰かが遊んでいるところを見たことがない。それくらいほとんど何もない小さな公園だ。
その公園の真ん中に、小さな子供達が8人ほど集まって大縄跳びをしている。
「郵便屋さーん、走らんかい」
「もーおーかれこれ12時だ、それ」
「1時、2時、3時、4時……」
と掛け声を上げながら楽しそうに大縄跳びをしている。親の姿は一切ない。
目を疑って再度スマホを見ると2時半。視線を戻せば子供達が楽しそうに縄を飛んでいる。
服装はそんなに古めかしくもないが、かなり薄い緑色の簡素な甚平のようなデザインで、夏だからかなぁ、とも思ったが少し違和感がある。
しかし更なる違和感があった。子供達の声は聞こえるが、それ以外の音が一切ない。静まり返った空気がやけに目立つ。
空が先程よりも黒がかったような不穏な真っ赤に変わり、深夜なのに公園が赤いライトで照らされたようになっていてなんとも不気味だった。
恐る恐るスマホのカメラモードを起動して、子供達の方に向ける。肉眼では見えるのに、1人もカメラには写っていなかった。
そこでふと、それなりに至近距離なのに子供達の顔が一切見えないことに気付く。
真っ黒に塗り潰されたように陰になっていて、どんな表情で縄跳びをしているのかが分からない。かなり奇妙な光景だった。
そこに、私と反対側にもう1人白い服装の子供らしき人物が立っていることに気付いた。多分髪の長さ的に女の子だ。
他の子供達より背も小さくて、彼等が7歳前後だとすればその子は4歳かそこらに見える。
4歳くらいの子供だけははっきり顔が見えるのだが、それまで黙っていた憑依守護のひなが声を上げた。
「えっ……雪?」
え?と思って視力の悪い目を凝らせば、確かにその4歳くらいの子供が私の幽体離脱した時の容姿に酷似していた。しかし見た目がかなり幼い。
驚いている間にも大縄跳びをしている子供達の声が響いている。
「17……18……」
「……24……25……」
「……34……」
どんどん回数が増えていく。子供にしてはこんなにも引っかからず続くものかと疑問を抱いた時。
「38」
突然私の幽体離脱時の姿にそっくりな子供が遮るように声を出した。声まで私そっくりな気がしたが、一瞬過ぎて酷似していたかまでは分からない。
すると、大縄跳びをしていた子達の動きが一斉に止まった。4歳くらいの子供にではなく、何故か全員私の方に顔を向けている。
4歳くらいの子供が私の方を指さして、再度はっきり「38」と言った。
途端に他の子供達が黒くて表情は見えないが、ゲラゲラ笑い始めた。嫌な雰囲気の笑い方で、ひなが憑依していた私の身体から抜け出て、私の腕を強く引っ張った。
「行こう、なんか嫌な気配がする」
そう言われて戻ろうとして、はたと立ち止まる。
引き返してすぐにバス通りの道路があるはずなのに、大きなアパートが目の前に立っていて道がない。いつの間にか行き止まりになっていた。
ひなと顔を見合わせるが、ひなも状況が分からないらしく戸惑っていた。
その日はひなしか守護がおらず、こんなトラブルに巻き込まれるとは誰も予想していなかったのだろう。
背後で笑い声が薄れ、やがて静かになった。
恐る恐る振り向けば、縄を持っていた小さな子供が私に酷似した4歳くらいの子供とポジションをチェンジして大縄跳びの列に並んでいた。
4歳くらいの子供が「郵便屋さーん、走らんかい」と言いながら縄を揺らし始めた。もう片方の縄は公園の木に結ばれているようだ。
「もーおーかれこれ12時だ、それ」
8人の子供達が大縄跳びを再開した。
しかし、子供達の数え方がおかしい。
「38!37!36!」
何故か38からどんどんカウントダウンしている。
意味は分からなかったが背筋に悪寒が走り、ひなに引っ張られるがままに住宅街の細道を走り出した。
とりあえず大きなバス通りに出られるように、ひなが先陣を切って導くように前を走る。
普通は公園から見て真後ろの道を進めば当時の彼氏の家が見えるはずなのに、知らないアパートに遮られてバス通りの道路すら見えない。
公園から見て左に向かって走り出したのだから、何処かで右折すればバス通りのはずだ。なのに、次の曲がり道は左折しかなかった。
「34!33!」
声が遠退いていくはずが、何故か距離が変わっていない。ずっとそのまま変わらない距離感で声が聞こえる。おかしい。
まるで年末のカウントダウンのような、なんだか嬉しそうな声音が逆に恐ろしい。
ひなは足を止めることなく左折する。何処かで右折できる道があると思ったようだ。
しかし、次の道も左折。そこで立ち止まった。
「……ここ……曲がったら、さっきの公園に着くよね?」
「こんな立地なんて知らんから分からんけど……多分……コの字描いて進んでると思うよ、この道」
息を切らして周囲を見渡す。細道は来た道を戻るか、左折しかない。
「くっそ、こんなことになるならピンヒールなんて履かなかったのに」
既に足が痛い。
「28!27!26!」
声の距離は相変わらず近いままだ。
ひなは思い切ったように、私を引っ張りながら細道のない住宅街の一軒家と一軒家の間を無理矢理通って右へと進んだ。
ごく普通の一軒家が隣接しているように見えたのだが、なかなか通り抜けられない。小走りすること約3分。ずっと壁が続いている。
なんで終わらないんだろう?と疑問が湧く。しかしひなは立ち止まることなく一軒家の敷地に敷かれた白い砂利の上を進む。当然足音は私の分しかない。
「……ねえ、まじでヤバくない?ここ全然抜けられないんだけど」
5分ほど小走りしたところで私が痺れを切らした。
「ヤバいからこっちに進んだの!あっちに戻ったら引っ張られるんだもん」
それでもひなは足を止めることはなく、後ろを振り返ることもしない。
「多分あとちょっとで抜けれるから、足痛いだろうけどそのまま走って」
仕方ないので言われた通りに小走りを続ける。まるで長いトンネルに入ったようだった。
「10、9、8、7……」
カウントダウンもいよいよ終わりに迫っている。
「ねえ、本当にこっちで大丈夫?」
「大丈夫、あと少し」
野生の直感的なものなのだろうか、とやけに冷静になって思った。
「3、2……」
あ、ダメだ間に合わないこれ、と思った時、私のヒールが音を上げた。うわっ!!と叫んで転倒する。視界が一瞬暗転した。
「1……0」
0のカウントと同時に、すぐ後ろで「チッ」と舌打ちが聞こえた。
はっとして顔を上げると、そこには住宅街の一軒家ではなく、更に大きな建物が聳えていた。
「……病院……?」
目を疑って立ち上がる。足首が痛い。捻挫したかもしれない。ピンヒールはヒール部分が片方折れていた。
「良かったぁ……間に合って」
ひなが周囲を確認して大きく息を吐いた。
「いや待って、ここ〇〇病院だよね……?」
逃げ切れた安堵より、見知った総合病院が聳えている方が有り得ないと思った。
ここには幼少期から入院や心臓の手術、定期検診なとで常に通院していたから間違えるはずがない。
しかし、当時の彼氏の家からはどんなに近道をしても30分ほど歩かないとここには着かない。立地の都合上、こんな短時間で着くはずがない。
スマホを見れば、最後に確認した時間から5分ほどしか経っていなかった。
呆然としていると、ひなが私の背後を見て一瞬身構えた。
先程の4歳くらいの子供が、病院の入口付近からこちらを睨んでいる。
そこでやっとまじまじとその子供を眺めるが、やはりどう見ても私の幽体離脱の姿を幼くしたようにそっくりだった。
でも幽体離脱時のドッペルゲンガーなんて聞いたこともないし、何よりあんな憎しみのこもった目で睨まれる意味が分からない。
「雪にそっくりだけど……外面だけだね。匂いが違う。獣かな」
ひなは自身が元々獣だからかとても鼻が利く。
「あさかがいたら正体が分かるんだけどなぁ」
そう言いながらふと顔を上げて「あっ」と声を上げる。
つられて見上げれば、入院病棟の窓から先程の大縄跳びをしていた子供達が生気のない無表情で私達を見下ろしていた。
また4歳くらいの子供の方に目を向けると、私にそっくりな容姿に突然亀裂が入った。
バキバキと卵の殻を割るように、真っ二つに割れた。
驚いてひなと一緒に飛び退くと、中から黒い靄(もや)のようなものが揺らめいて出てきた。
形が定まらず何かまでは分からない。
ただなんとなく鼻先が細く見えたので、おそらく犬か狼、もしくは狐かその辺かなと思う。
その靄は憎悪を放ったまま、なんだか悔しげに踵を返すと病院の中へと消えた。
あんなの検診の時に見たことがないから、ずっとあの病院にいた訳ではなさそうだ。
偶然が重なって、たまたま私を見かけて引き込もうとしただけだと、ひなは推測していた。
あの小さな子供達もなんだったのか不明だが、小児病棟で過去に亡くなった子供達なのかもしれない。思い返せば彼等の服装は、私も着用したことのある入院着だった。
ーーーこの体験をひなが封じた理由は、当時の彼氏の家の付近にまだあの子供達と獣がいるからだそうだ。また遭遇してしまったら次は帰れるか分からないと思い、封じたそうだ。
何故か病院内ではなくて、少し離れた公園によく現れるらしい。それも、深夜の丑三つ時くらいの時間帯に出現するそうだ。
もしかしたら子供達の「遊びたい」という念のせいで、出現先が公園になったのかもしれない。
多分子供達は大した力はないのだろう。親分的な存在は獣で、呼び込んだ相手を追い込んで食らうことは容易に想像できる。
引っ張るなら病院で弱った患者を狙った方がやりやすいはずなので、きっとそこでは引っ張れない事情があるのかもしれない。
記憶の中で私は、せっかくの稼ぎが2倍かかったタクシー代で半分消えてしまって腹立たしいという感想だけが残っていた。
時系列的に、その直後に元旦那と出会って当時の彼氏の家から去ったので、タイミング的にも偶然なのか、はたまたひな達が直感で危険を感知して彼氏と別れるよう仕向けたのかそこは分からない。
でも「元彼の家に当時の厄はほとんど落としてきた」と言っていたので、私の予想はなんとなく当たっているかもしれない。
今はもう、あれに再度遭遇しても私1人でも勝てるくらいには強くなったそうだ。
だからこそ、今になってこの体験の記憶の蓋を取ったのだと言っていた。
「でも今は、雪の足首の不調であまり走れないから、次に遭遇した時は対峙してすぐ消さないと殺られるよ」
ひなは「気を付けてね」と悪戯っぽく笑って言った。
言われなくてもすぐ消すよ、だってタクシー代無駄に2倍かかった上に捻挫してヒールも折れてこちとら大損だもの。