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扉が閉まる音。蓮司の気配が完全に外に消えるのを待つようにして、家の空気が変わった。
階段の途中にいた遥は、振り返らずに言った。
「──ねえ、颯馬。あいつの前だと、やっぱ“いい子”してんだね。
ちゃんと、弟っぽい顔してさ。笑えるよ、ほんと」
その声音は乾いていた。
笑いながら、どこかで血を吐くような──そんな色。
颯馬は足音ひとつ立てず、階段を上がっていく。
その視線が、遥の背に絡みつく。
「……そう? でも、蓮司はお前のこと、“面白がってる”だけだってさ」
遥は笑った。肩をすくめるようにして、ゆっくり振り返る。
「知ってるよ。だから“ちゃんと演じて”あげてる。
喜んでるフリ、嬉しいフリ、喘ぎ声の出し方まで──ぜんぶ、お勉強してね」
「……なに、得意気に言ってんの。キモ」
颯馬の表情が僅かに歪んだ。けれど、それは怒りでも羞恥でもない。
ただ──「もっと引き出せそうだ」という手応えの笑みだった。
遥は一歩だけ後退しながら、顎を少し上げる。
「なに? “オレだけの人形”取られた気分? 焼いてんの?」
「は? バカじゃね? あいつは沙耶香のもんだし。
──でもおまえは、うちの“飼い犬”だろ」
「……うん。ちゃんとしつけてもらってるもんな。
ほら、“舌の使い方”とか、“顔の角度”とか──
ぜんぶ、“兄弟の手”で、ね」
遥の目が笑う。その奥には、自嘲と、ひりつくような痛みが混ざっている。
そのくせ、言葉だけは刺すように滑らかだ。
「でも、颯馬は優しいよね。ちゃんと、最後まで“してくれる”から」
颯馬の目の奥が、一瞬だけ鈍く光る。
遥のその言い方に、何かを感じたのだ。
「なに? 文句? “物足りない”の?」
「──ちがう。
“壊したい”なら、もっと丁寧にやって。
半端なの、逆に冷めるからさ」
その瞬間、颯馬の指が遥の首元を掴む。
がくん、と壁に叩きつけられる音。
遥は怯えない。むしろ、見下ろすように笑う。
「──ね? こっちのが、楽しいでしょ?」