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壁に背を打ちつけられたまま、遥は薄く笑っていた。顎を持ち上げるようにして、睨み返すでもなく、媚びるでもなく、ただそこにある目。
「……ちょっと力入っただけで、その顔。
ほんと、“飼いやすい”な、おまえは」
颯馬の手は、遥の首から顎へと滑り、親指で唇を軽く押す。
「やっぱ、バカなんだろ。
誰にでも足開いて、舌出して、笑って──それで愛されるとでも?」
「うん……思ってないよ、そんなの」
遥の声はやけに素直だった。
それが逆に、背中を冷たく撫でるような異物感を放っていた。
「でも、“愛されないなら、嫌われたほうがマシ”だし。
嫌われるより、“汚れてたほうが守れる”んだよ──何も」
颯馬が手を離す。だが視線は離さない。
遥はそのまま、ぺたんと壁際に座り込んだ。
「蓮司にも言われたよ。“演技うまいね”って。
あいつにはバレてんだろうな、“俺が自分で壊れてる”ってこと」
「壊れてるって──どこが?」
「……全部だろ」
遥は、ゆっくりと自分の指を見つめる。
「誰かに命令されてやってるフリしてるけどさ。
もうとっくに、自分の意思で“汚れよう”としてる。
でないと、なんか、……置いてかれる気がするから」
「置いてく……?」
「壊されてる間だけ、“誰かが見てる”気がするんだよ。
汚れてるときだけ、“世界に引っかかってる”気がする。
──笑えるよな」
颯馬は返事をしない。
ただ、その場にしゃがみ込んで、遥の頬に手を伸ばす。
撫でるのでもなく、掴むのでもなく。
その指は、軽く震えていた。
遥は目を細めた。
「……なに? 優しいふり?」
「ちがう」
「じゃあ、“演技を試す”の?」
「ちがうって言ってんだろ」
語気が荒くなった瞬間、颯馬の唇が近づく──
だが触れない。わずかに止めたまま、吐き捨てるように。
「演技か本気かなんて、どうでもいい。
“おまえの”顔で、俺の名前、呼ばせたいだけだよ」
遥は、かすかに笑った。
「──ほんと、性格わっる」
そしてそのまま、静かに目を閉じた。