車で森の中を進むと、法被を着たスタッフさんが迎えてくれた。
ここは高層階の建物のホテルではなく、コテージのような建物が敷地内に点在しているタイプらしい。
どうやら、谷間にある集落がコンセプトだそうだ。
部屋は山ビューの部屋、水辺に面した部屋、そして中庭を楽しめる部屋と、三タイプあるそうだ。
「お世話になります。篠宮です」
尊さんはそう言って車をスタッフさんに任せ、私たちは荷物を持ってもらってレセプションへ向かう。
迎えてくれるのは二階ぐらいの高さのどっしりとした佇まいのエントランスで、ガラス張りにして景観のいい敷地を楽しめるようにしているのがよく分かる。
「おお……」
ロビーに入ると、隅にアジアンな楽器をずらりと並べた奏者さんがいて、ヒーリングミュージックみたいな感じの音楽を奏でてくれていた。
これは十五時から十七時の間の演奏となっているそうだ。
解放感のあるロビーは広く、和を思わせる小豆色に萌葱色のクッションが置かれたローソファ、テーブルの他、半円状になった黒いフロントカウンターもあり、全体的に床に近い部分は黒、腰より上は木やベージュを思わせる色調で整えられている。
砂で波紋を描かれた枯山水の上に大きな石が並んでいる所もあり、贅沢に空間を使っている。
その向こうにあるメインダイニングは、筒状になった木のペンダントライトが吹き抜けになった高い天井から沢山下がり、段差のある席で窓の外の緑を楽しみながら、食事ができるようになっている。
メインダイニングの席に腰かけると、ウェルカムドリンクとして〝ゆたに〟という名前の飲み物を出してもらった。
白っぽいそれは、甘酒に蜂蜜と生姜を混ぜた物だそうだ。
そこでチェックインしたあと、いよいよ客室に案内してもらった。
チェックインの時に敷地内のマップをもらったけれど、横に細長い池を上下から挟むように水辺の部屋があり、その奥に山の部屋、庭の部屋が配置されている。
すべての部屋に○○の部屋とついているのは普通だけれど、マップには建物を間違わないように、家紋みたいな部屋のマークも記されていた。
敷地内をグルッと歩くと、約十五分ぐらいかかるそうだ。
私たちの部屋は、チェックインした場所からすぐ近くにある、水辺の部屋だ。
鍵はカードキーではなく、昔ながらの〝鍵〟で、何だか人様の家に入るような気持ちで緊張する。
「あ、いい匂い」
玄関を開けた瞬間、リラックスできるお香の匂いに包まれる。
正面の棚には茶色いスリッパとタオル、足袋、懐中電灯が置かれてある。
他にも水玉模様の鼻緒がついた黒い下駄があり、出かける時はそれを自由に使っていいそうだ。
中はシンプルな作りで、室内に入ってすぐ右手にベッドがあり、左手には階段をちょっと下がったところにコの字型のテーブルがあって、その外には池に面したベランダがある。
ベランダにはテーブルチェアセットと、雨に濡れても大丈夫なソファが置かれてあった。
スタッフさんが一通り説明して帰ったあと、私はワクワクして尋ねる。
「尊さん、冒険していい?」
「おう、行ってこい」
「あいあいさー!」
まずお手洗いをチェックすると、センサーで蓋が開き、中が光るタイプだ。
洗面所には、やはり高原地にあるホテルという事で、虫除けスプレーなどが一式置かれてある。
その時、尊さんに呼ばれた。
「菓子あるぞ」
「食べます!」
張り切って返事をした私は、パッと踵を返してリビングに戻る。
テーブルの上には重箱みたいな木の箱があって、その中に笹の葉で包まれた、胡桃のお餅がある。
「うっっま……」
上品な甘みのお餅に感動していると、尊さんが私の顔を写真に収めてくる。
「そういえば、テレビがないんですね」
「だな。宿泊する時ぐらいは、世間の事を忘れてほしいっていう意味だと思う」
棚には円筒型のブルートゥーススピーカーがあり、尊さんは早速スマホからお気に入りのジャズを流している。
(あ、この曲を聴いてると〝いつもの〟感じがする)
慣れない高級ホテルに来て興奮していたけれど、徐々にゆったりとした気持ちになってくる。
「少し休んだら、敷地内の冒険してくるか」
「はい! そういえば、お風呂の建物があるんですよね? せっかくだから行ってみたいな」
「だな。ここにも風呂はあるけど、色々見てみるのはアリだ」
尊さんはそう言ったあと、私の口元を親指で擦る。
コメント
1件
コテージのような1棟ずつ独立したお部屋、二人きりでのんびり寛いで過ごせて良いですね…🍀 施設内の探検も楽しみ🎶