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松田が去った後の面会室は、再び厚い沈黙に支配された。
看守に連れられ、冷え切った廊下を独居房へと戻る道すがら
背中に突き刺さる視線の鋭さに俺は意識を研ぎ澄ませた。
ここは単なる刑務所ではない。
三和会や政界の重鎮にとって不都合な真実を知りすぎた人間が送り込まれ
事故や自殺という名の「清算」を待つ、逃げ場のない屠殺場だった。
「……305番、入れ」
背後で重い鉄扉が閉まり、ボルトが落ちる音が響いた直後、死角から膨れ上がった殺気が空気を震わせた。
ベッドの下、影の中に潜んでいた二人の男が
鋭利に研ぎ澄まされたプラスチックの破片を手に、音もなく襲いかかってくる。
廊下では、看守の足音があざといほどに遠ざかっていった。
「三和会からの、差し入れか?」
俺は一歩も引かず、最短距離で向かってくる一人目の手首を掴み取った。
左肩に焼けるような激痛が走るが、それを意志の力で捻り伏せ、力任せに骨をへし折る。
メキリという嫌な音と共に、男の悲鳴が狭い房内に反響し、手製の刃が床を虚しく転がった。
「黒嵜……!貴様さえ…貴様さえ死ねば、俺たちは外に出してもらえる約束なんだよ!」
二人目の男が、恐怖を塗りつぶすような狂乱の叫びを上げ、突きを繰り出してくる。
俺はそいつの突進を躱すことなく
逆に懐へ飛び込み、その顔面をコンクリートの壁へ深々と叩きつけた。
鈍い衝撃音と共に男の体が崩れ落ち、壁にどす黒い血が飛び散る。
再び、狭い空間に静寂が戻った。
俺は荒い息一つ吐くことなく、床で悶える男の胸ぐらを鷲掴みにし、無理やり引きずり上げた。
「外に出るだと?三和会のようなバケモンが、そんな安い約束を守ると思うか。……俺の息の根を止めた瞬間、お前らも証拠隠滅のために、毒入りの飯でも食わされて終わりだ。使い捨ての駒なのは、お前らも同じなんだよ」
男の瞳に、救いのない絶望が急速に広がっていく。
俺はそいつをゴミのように放り捨て、独居房の極小の鉄格子越しに、冷たく管理された月を見上げた。
三和会
中臣という強大な権力者すらも躊躇なく使い捨てた巨大な資本の怪物が
今、この檻の最深部にまでその牙を剥いてきている。
だが、それは同時に
連中が俺を「檻の中に閉じ込めておくだけでは、夜も眠れぬほど恐れている」という動かぬ証拠でもあった。
翌朝、俺は志摩からの伝言通り、刑務作業場へと向かった。
油の匂いと重機の騒音が充満する工場内。
その片隅で、旋盤のメンテナンスを装っていた一人の男が、すれ違いざまに俺の耳元で、風のような低さで囁いた。
「……南棟の地下、通気口の三番目だ。そこに『鍵』がある」
志摩は、塀の外で包囲網を築くだけでなく、この鉄の檻の中にまで自身の「手駒」を潜り込ませていた。
あいつの執念もまた、極道並みに業が深い。
俺は手に持った重いスパナを、その感触を確かめるように強く握りしめた。
この鉄格子を食い破り、再び血の流れる下界へ戻るためのカウントダウンが、今、静かに始まった。