テラーノベル
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「なあ、元貴……それ、なに?」
ソファに座っていた涼ちゃんが、不思議そうに首をかしげた。
元貴の手の中には、小さなケース。
中には小型のローターが入っている。
白くて細長く、まるでUSBスティックのような見た目。
「これ? 最近ネットで話題になってたやつ。
遠隔で操作できるんだって」
「へぇ……また、変なもん見つけてくる なあ……」
「お前、こういうの使ったことない?」
「ないよ、そもそも俺……あんまりそういうの、得意じゃないし……」
涼ちゃんが困ったように笑う。
けれど、その笑みを見て、元貴の胸の奥にある悪戯心が刺激された。
「へぇ、得意じゃないんだ。……じゃあさ、ちょっと試してみよっか」
「え?」
「ライブのリハ、明日あるだろ?
そのとき、こっそり仕込んでおいてさ……。
俺が操作して、涼ちゃんの反応見てみたい」
「な、何言ってんの、冗談だろ……?」
「冗談だったら、こんなもん買わねぇよ」
真顔で返す元貴に、涼ちゃんは目を見開いた。
「……ほんとに……やるの?」
「もちろん。
見えないとこで仕込めば、誰にもバレないし。
……スリルあるだろ?」
「っ……まったく、元貴ってやつは……」
そう言いながらも、涼ちゃんは拒絶の言葉を口にしなかった。
その表情の奥にある、わずかな期待と怖さ――
元貴はそれを、見逃さなかった。
「じゃあ、決まりだな。
明日、俺が“指揮者”で、お前が“楽器”。
俺の手ひとつで、どんなふうに震えるか――楽しみにしてるよ」
本番さながらのライブリハーサル。
照明、モニター、セットリストの最終確認――
ステージ上はいつも通りのピリついた空気で満ちていた。
ただ、ひとつだけ異常なものが、この空間に紛れ込んでいた。
涼ちゃんの体の奥、誰にも見えない場所に、ローターが入っている。
それを知っているのは、涼ちゃんと――
ステージ袖からスマホを握りしめる、元貴だけだった。
「…次、『StaRt』のサウンドチェックしまーす!」
スタッフの声とともに、イントロが鳴りはじめる。
ステージで涼ちゃんはいつもどおりに演奏を始めた。
だけど、目線はわずかに泳いでいた。
(やばい……本当に、入れたままやってる……
元貴……マジで、やるつもり……)
そのとき、“ヴーーッ”と微かな震えが――
腰の奥で、不意に走った。
「っ……!」
涼ちゃんの肩がピクリと跳ねた。
演奏の手を止めるわけにはいかない。
必死で顔を保ったまま、鍵盤を弾き続ける。
(うそ……マジで動かしてきた……っ)
ステージ袖。
スマホを手にした元貴が、まるでなにも起きていないかのように、
笑みすら浮かべながら遠隔操作のアプリを指先で滑らせていた。
「……いい顔してるな、涼ちゃん……」
震えが一定の間隔で、じわじわと深くなっていく。
涼ちゃんは汗をかき始めていた。
それを照明のせいにするしかない。
「……ッ、く……っ……」
(だめ……力、抜けてきた……)
指先がほんのわずかに鍵盤を滑りそうになった瞬間――
近くにいた滉斗が心配そうに声をかけた。
「涼ちゃん、大丈夫? 顔……ちょっと赤いよ?」
「え、あ、うん……なんか、ちょっと暑くて……ごめんね、大丈夫」
言葉に詰まったまま返事をしながら、
涼ちゃんは何とか笑ってみせた。
けれど、喉が震えていた。
(元貴……これ、わざと見せてるな……
滉斗にも、気づかせようとして……っ)
そしてその間も、震えは止まらない。
「元貴……っ、まじで……やりすぎ……」
でも、まだ誰にもバレてない。
誰も気づいてない。
だから――止められない。
コメント
2件
いんや待って最高すぎますねぇ… 遠隔とか…良すぎます。バレてないから演奏止めるにも行きませんよね… 大森さんが指揮者で藤澤さんが楽器っていう例え大好きです…