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『私が十五歳ぐらいのとき、両親は流行り病で亡くなりましたが、小さなお店と私にたくさんの知識を残してくれました。周囲の人もとても優しかった。だから、両親が亡くなったあとは贅沢は出来ないけど、なんとか一人で暮らしてはいけたのです』
「そうか……稀人の血でも流行り病には勝てなかったのか。真那は無事で良かった」
流行り病。
|流行性感冒《りゅうこうせいかんぼう》。海外でも流行った『スペイン風邪』とも言うらしい。
未知の病に稀人の血は勝てなかった。
でも、それは人間らしくていいと、両親は病気を良しとしたのだ。
しかし、どこで私のことを知ったか分からないが、両親亡きあと東堂家の人が私の元へと現れ、私を東堂家の屋敷へと連れて行って──……。
その先のことは手が止まってしまった。
するとすぐに蒼波様が「言いたくないことを全て曝け出す必要ない」と言ってくれた。
心配そうに見つめてくれる、その気持ちに応えたい。
少しでも私の知っている情報が、蒼波様の力になればいいと、ぐっと万年筆を強く握り、続きの言葉を紙に書いた。
『東堂家の人は私に言いました。私が海辺に住んでいた地域は、田舎者達だから稀人だと気付いていないと。それがバレたら『化け物』として扱われる。そうなる前に私を保護したいと言ったのです』
『そして、私の知識や人魚の力を皆の役に立てたいと言われました──流行り病がなくなる、素敵な世の中にしようとも言われて、心が動いてしまいました』
一人で過ごして、誰かに必要とされることが嬉しかったのだ。
それが少なからずとも遠縁の人なら、暖かな未来があると思ってしまった。でも……。
ここで、はぁっと深く深呼吸をした。
『最初は手厚い対応だったのです。それがドンドンと冷遇され、知識をだけを尋ねられ、勉強が多くなり、研究や論文を書くようにもなりました。採血も多くなりました。それに年々と、凪から妙な目線で見られることも多くなり……東堂家は私に嘘の……』
嘘の報告をたくさんした。
──病気で困っている人の役に立っている。
──無料で治療を行っている。
──両親を死に至らしめた病気の薬の開発が進んだ。
本当はそんなことはなかった。
なのに、私はそれを間に受けたのだ。
そこで、ガリっと万年筆の先が歪な音を立てた。知らぬうちに力を入れ過ぎてしまったと思うと、そっと私の手に蒼波様の手が重なった。
「真那。もういい。今日はそこまでにしておこうか。真那の声がちゃんと出たときに話をまたしよう」
「……うっ、あ」
お役に立てずに申し訳ないと言いたのに、口から漏れたのは言葉の欠片だけ。もどかしくて俯く。
「真那、焦るな。お互い話すことが沢山あって、今後の会話には困らなくていいじゃないか。話してくれてありがとう」
あっけらかんと言う蒼波様の声にぱっと勢いよく顔を上げると、振動が端に置いていた紙に伝わったのか、ぱさりと下に紙が落ちた。
それをさっと拾う蒼波様。
「この紙にもなにか書いてあるな。えぇと『私を妻にすると言うのは本当ですか。私は──稀人です。ご迷惑をお掛けしませんか? ですので、見せかけの妻でも良いのです』これは……」
「!」
チラッと蒼波様が私を見て、かあっと頬が熱くなる。よりによってその紙が見られるなんて。
しかも蒼波様は、さらさらと続きの文章を目で追っている。
たまらず、その紙を返して欲しいと席を立って蒼波様の元によるが、蒼波様も席を立ってひょいと軽く私をいなした。
「ほぅ。見せかけの妻と来たか。続きは、なになに『東堂家から連れ出してくれて、それだけで言うことはありません。今後、お掃除や家事、私に出来ることがあれば、なんなりとお申し付け下さい』か──なるほど、なるほど」
あぁっ、なんだか口に出されると恥ずかしいっ。
せめてお体は大事ですか、と書いた紙が落ちたら良かったのに!
私は口をきゅっと結んで蒼波様から手紙を取り戻そうと腕を伸ばすと、ぱしっと手首を掴まれた。
「真那、聞いてくれ。俺は軍人であることに誇りを持っている。だから愛だの恋だのは正直、二の次だ。それは世間との恋愛の感覚とは違うのだろう。しかし、真那は俺の命を必死で助けてくれた。それは愛と同じくらいの信頼、情がないと出来ないことではないか?」
と、聞かれても私は答えられない。
掴まれた手首から蒼波様の体温や、男らしい力強さに胸がドキドキしてきた。
それに──私は死のうと思っていたのだ。
さすがにそれは言えない。
私の動揺をよそに蒼波様はなんと、素早く私の体を引き寄せるのだから、余計に何も言えなくなる。
「しかもだ、夜の森で血塗れの男を助けようとする女子は天晴れだ。稀人など関係なく、俺の妻に相応しいと思った」
そして蒼波様にぎゅっと抱き締められた。
「──!」
厚い胸板に頬があたり、心臓が嵐のようにうるさい。なのに雄大な海に包まれる安心感も感じて、目を白黒させてしまう。
「愛情ではなく、敬愛で結婚を決めたことは偽らない。それに……俺は見合いをあちこちで進められていて辟易していた。見合い相手には俺の地位や家柄、財産目当てだっていた。さらには俺の見目だけで、俺を選ぶ婦人もいた。だから出会いで選ぶなら俺は真那がいい」
蒼波様の真剣な声に耳が熱くなる。
蒼波様ぐらいの素敵な方であれば、引くて数多だろう。
そんな中で私を選んでくださったことに、誇らしい喜びと、期待に応えなければならないという、大きな波に揺さぶれるように二つの気持ちが揺れ動く。
「けれども、こうして顔を毎日合わせて、抱きしめて、一緒の時間を過ごせば夫婦に間違いないだろう。夫婦の形なんか一つではない。俺たちは俺たちの歩みで共に夫婦という形を作りたい。決してそれは──見せかけではない」
耳元で「これで分かったか?」と囁かれても口をパクパクとしか開けれない。
お父様以外の異性に抱き締められたことがなく、密接した蒼波様の逞しい体にどう、反応していいかわからない。
とにかく体が緊張して、茹でタコになっているのではと思うぐらいには顔も体も全体が熱くなった。
「だから俺は自分で選んだ妻を、貶めるようなことはしないよ」
コメント
1件
うわ、第16話、すごく良かったです……!真那さんの過去が明かされるシーン、胸が締め付けられるようでした。それでいて蒼波様が「もういい」と優しく止めて、さらに手紙の内容まで読んじゃう流れ、ドキドキが止まらなかったです。「見せかけではない」って言い切って抱きしめる蒼波様、かっこよすぎませんか?真那さんの動揺と熱くなる感覚がすごく伝わってきて、二人の距離が縮まるのを一緒に喜んでしまいました。続きが待ち遠しいです!