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にゃみ3
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#溺愛
桜咲かな
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#溺愛
桜咲かな
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#溺愛
桜咲かな
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必死に謝罪の言葉を並べる私を、ノアは少し驚いたかのような顔で見つめていた。
そして短く息を吐くと、まるでガラス細工にでも触れるように慎重にゆっくりと私の左手を取り上げた。
包帯の上からそっと手を添えられ、そのまま暫くの間、彼は真剣なまなざしで私の手首を見下ろす。
「もう夜も遅い。護衛もなしで女性が一人出歩いては危険だ」
子供に叱るようにそう言い放った彼は、その言葉を残し、手を離すと同時に背を向けて、月明かりに照らされた庭園の小道を歩いていった。
残された私は、その背中をただ黙って見送ることしかできなかった。
頬に伝う涙を拭おうと、手を持ち上げたその時だった。
「……あれ」
先ほどまで激しく痛んでいた左手の痛みが、すっかりと消えていた。
確かに痛かったはずなのに、処方された痛み止めもまだ飲んでいないはずなのに……。
どうして?
そこにはもう何の痛みも残っていなかった。
・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・
「やっぱり、傷が治ってるわ」
「まあ本当! さすが、若さって素晴らしいですね!」
若いって……アンリエットだって、ソフィアとそう歳が違わないはずでしょ?
散歩から戻った私は、血が滲んでしまっている包帯を新しいものと交換するため、部屋にアンリエットを呼んだ。
「実は、さっき庭園を散歩している時に公爵様にお会いしたの」
「庭園で公爵様に? ま、まさかソフィア様、エメラルド庭園に行かれていたのですか?!」
「エメラルド……よく分からないけど、あなたが案内してくれた場所からずっと真っ直ぐに歩いたわ」
「も、申し訳ございません! 私がお伝えしていないばかりに……。公爵様からは何も言われませんでしたか?」
何か言われたと言われれば言われたのだろうが、正直私自身もよく分かっていない。
この世界に来てからは、分からないことばかりだ。
私が今まで読んできた小説に登場した、転生を経験した主人公たちはあんなにも聡明に勇敢に動いていたというのに。
私はノアを前にして、ただ涙を流しながら謝罪の言葉を並べることしかできなかった。
小説はヒロイン視点で進んでいたから、フィオレッタの方ならもっと上手くできたのかもしれないけど……。
残念ながら、ソフィアは悪女。
彼女の心情もささやかな行動も、私はソフィアのことを何も知らない。
「特別なことはなにも。だけど、公爵様が突然私の左手首に触れられたの。その直後、まるで嘘みたいに痛みが消えて……」
「まあ、きっとそれは公爵様の治癒魔法ですね」
「治癒魔法?」
そういえば、怪我を負ったフィオレッタをノアが癒す――なんて描写があった気がする。
魔法はロマンス小説ではお決まりのようなものだからあんまり印象強くなくてすっかり忘れていた。
「まさか、公爵様がソフィア様を……」
「大嫌いな私のことを癒すだなんて有り得ないといいたいのね?」
「い、いえ! そういうつもりで言ったわけでは……」
「気にしなくていいわ。私も今、同じことを思っていたところだから」
私の自嘲気味の言葉にアンリエットは複雑そうな顔をした。
いつもの彼女ならすぐに笑顔で返事を返してきそうだが、どうやら今日はそんな気分ではないのだろうか。それとも、自虐の言葉は好きではないのか。
アンリエットは目線を逸らして、気まずそうに口を閉ざしてしまった。
どちらかといえば、そういう反応の方が困るんだけどなあ。
ノア……怒っているように見えたけれど、傷を治してくれるだなんてどういうつもりなのかしら。
まあ、男主人公は優しいから、嫌いな人間でも痛々しい怪我を負った子を放っておけなかったとか、そういう感じなんだろうけど。
誰かに優しくされることはあまり慣れていないせいか、変な気分だ。
イケメンに優しくされてキュンキュンしたとか、そういう感じではない。
ただ、フワフワとした、初めて感じる不可解な気分に襲われていた。
・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・
私はこの世界の時系列を整理するために、私はアンリエットにいろいろな話を聞いた。
その中で分かったのは、ソフィアとノアが結婚してから、まだたったの一ヶ月しか経っていないということだった。
『きゅるりーん物語』は、あくまでフィオレッタとノアを中心に描かれていた。だから当然、ソフィアとの出会いや関係性はほとんど触れられていなかった。
「フィオレッタには、あんなにも優しかったくせに……」
医者によって30分の散歩を義務つけられた私は、今日もまた、美しい公爵家の庭園をぼんやり歩く。
アンリエットに私が立ち入っては行けない場所を教えてもらったから今度こそは大丈夫。
「フィオレッタなんて嫌いよ。今の私はソフィアなんだから! もし目の前に現れたら悪女らしくぶん殴ってやるわ!」
フィオレッタがノアを名前で呼ぶ姿はなんとも甘くって、見ているだけで本当に幸せな気持ちになれた。
だけどそれは、私が単なる読者だったから。
今は違う。私は2人がハッピーエンドを迎えると、必然的にバッドエンドになってしまう悪女ソフィアなのよ。
「ノアも何なのよ! ソフィアっていうとてつもなく美少女を妻に貰っておきながら、フィオレッタなんかに惚れ込むなんてあんまりだわ! そりゃあソフィアはちょっと……いや、かなり問題アリな子だけど! もうっ!」
激しく高ぶる感情をぶつけるように、手に持っていたウサギのぬいぐるみを投げ捨てる。
このぬいぐるみはソフィアのお気に入りだったらしく、散歩に出かける前にアンリエットに持たされたものだ。
ウサギのぬいぐるみは思ったよりもずっと上まで高く上がり、植え込みの向こう側まで飛んでいってしまい姿が見えなくなった。
しかし、こんなことで気持ちが晴れるわけもなく、ため息が自然ともれた。
「……なにやってるんだろう、私……」
私からしたらどうだっていい、ただのウサギのぬいぐるみ。
だけど、あの子は、ソフィアは大切にしていたものかもしれない。
感情的になりすぎたことに反省をしつつ、ウサギのぬいぐるみが飛んで行った方へ足を進めた。
「うーん、どこへ行ったんだろう」
地面に膝をついて辺りを見回す。
ツンツンとあたる薔薇の植木がうっとおしく思って見下ろすと、ドレスが少し汚れてしまっていた。
「探しているのはこれか」
すると突然、目の前に先程私にぶん投げてしまった哀れなウサギのぬいぐるみが現れた。
「あ! それです! どうもありがとうございま……」
差し出されたウサギのぬいぐるみから視線を上にずらす。
そこには、眉間に深い皺を寄せた険しい表情をしたノアが立っていた。
どうしてあなたがここに……?
その傍らには、明らかに動揺しているだろう見知らぬ中年男性が顔を青ざめさせ、冷や汗を浮かべて立っていた。
「そ、それでは公爵様、私はこれで失礼します!」
男性は慌てて頭を深く下げ、足早に庭園を離れていった。
「えっと、今の方は?」
思わず問いかける私にノアが冷静に答えた。
「……エスバル男爵じゃないか」
「そ、そうでした! ……エヘヘ」
誤魔化すように笑ってはみたけれど、彼の目は微塵も緩まなかった。
ただ「頭でもおかしくなったのか」とでも言いたげな目で私を見つめるばかり。
「ほら」
「……え?」
ふいに目の前に差し出された手に、私は戸惑いの声を漏らす。
「いつまでそうしているつもりですか」
呆れたようにそう言ったノアを、私は見上げる。
あれ? あなたって、こんなにも身長が高かった……いや、私が小さいのね。
「あなたに、犬のように地面を這いつくばる趣味があったとは知らなかった」
犬?
その言葉で、自分が膝をついたまま地面にしゃがみ込んでいたことにようやく気づいた。
「あ、ありがとうございます」
おずおずと差し出されたその手を取ると、思っていたよりも強い力でぐいっと引き起こされた。
ぐらりと身体が揺れて、自然と彼の腕に支えられる形になる。
「まったく……」
ぼそりと呟いた彼は、私のドレスに付いた葉や土を手早く払う。無造作な仕草なのに、どこか手慣れていて妙に丁寧だった。
「なぜ、あなたがこんなところに?」
ノアが目線を落としながら尋ねる。
「お医者様から散歩を命じられたので、散歩をしていたんです」
「……そうですか」
それ以上、彼は何も問わなかった。
沈黙が流れるのが居たたまれなくて、私はわざと明るく笑う。
「そ、それより! 男爵様は帰られてしまったようですが……」
「ああ。まだ話の途中だったが、俺は妻を放ったらかしにして他の女性にうつつを抜かす悪人だからじゃないか?」
うそ、まさか聞こえていたの?
「まさか! あなたが悪人だなんて、そんなはずありません。悪人なのは私の方……」
「へえ? よく分かってるじゃないか。自分が悪人である自覚があったのだな」
皮肉めいた口調に、私は口をつぐんだ。
「……まあ、多少は」
視線を逸らして、ぎゅっとスカートの端を握りしめる。
多少どころか、しっかり心得ていますとも。
ソフィアとノアの結婚は互いの親が決めたもの。それは主に、ソフィアの親であるフォンレーヌ公爵が決めたものだった。
ノアにはたった一人の妹が居た。
ノアの妹ルシアは、生まれつき虚弱な体にも関わらず、過剰な魔力を持っていたため長く生きられないと診断されていた。
医師たちは匙を投げ、治療法は尽きた――そこに現れたのが、フォンレーヌ公爵家だった。
東方交易のルートを持つティアルジ家が差し出したのは、東の砂漠地帯に生育するという幻の薬草を用いた秘薬。極めて強力な魔力の浄化作用があるが、副作用のリスクも高く、帝国内では使用を認可されていなかった。
フォンレーヌ公爵は、「薬は提供するが、将来的に娘を公爵家に嫁がせることを条件とする」と交換条件を提示。藁にもすがる思いで、ティアルジ前公爵は密約書に署名した。
こんな経緯があって結ばれた婚姻関係なのだから、妻だからといって冷たくされるのも無理はない。……だけど。
「ですが……あなただってひどいじゃないですか」
ソフィアだって、可哀想な子じゃない。
私がソフィアに転生してから、一週間。短い時間のはずなのに、この体に宿る感情は、るで昔から自分のものであったかのように馴染んでいた。
心と体がピッタリと重なり合って、彼女の気持ちがひしひしと伝わってくる。
ソフィアは生涯孤独な可哀想な子。なるべくしてなった惨めな悪人。
そして、主人公フィオレッタに華を添えるための哀れな引き立て役。
「一度くらい顔を見に来てくれたってよかったじゃないですか。私は、あなたに話したいことがあったのに……」
きゅるりーん物語が始まる前に、さっさと離婚の話を持ち出したいのに!
この、どこまでも広く静かな公爵邸で、ソフィアが唯一頼りにしていたのは、ノア……あなただけだったのに。
「ならば今夜だ」
突然の言葉に急いで顔を上げると、ノアは私の方を見もせず、ただ淡々と告げた。
「話があるのだろう? 今夜、夜9時に。夕食の時間なら空いている」
こちらの返事を待つこともなく、それだけをぶっきらぼうに言い残すと、そのまま歩き去っていってしまう。
一人取り残された私は、その場に立ち尽くすと小さく呟いた。
「もう、何なのよ……」
・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・
「こ、こんばんは」
部屋の奥、キャンドルの穏やかな明かりに照らされながら、彼は座ったまま黙ってこちらを見つめていた。
青みを帯びた漆黒の髪が、灯りを受けてさらりと揺れる。
吸い込まれそうなほど深く澄んだ青い瞳。右目の下にある小さなほくろは、その美貌にほんの少しの色気と危うさを添えている。
これが男主人公のオーラってやつなの?
庭園で見た彼も素敵だったけれど、こうして室内でもなお映えるだなんて。
無駄のない所作と立ち居振る舞いは、ただそこに立っているだけだというのに人目を引かずにはいられない存在感を放っていた。
「公爵様」
柔らかく微笑み、ふわりとスカートの裾をつまんで優雅に一礼する。
西洋を舞台にしたロマンス小説で、幾度となく読んだお約束の挨拶。
「一緒に夕食を取ることができてるなんて、とても嬉しいです」
可愛らしく、愛らしく。
誰もから愛された小説のヒロイン、フィオレッタのように。
「えへへ」
私の単純な計画がうまく行くかは、全ては私にかかっているのだから!
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