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第5話「100円ショップのスマホ」
夜行バスを降りたのは、まだ薄暗い朝の5時すぎ。
知らない地方都市のバスターミナル。冬の空気は凍えるように冷たくて、足元から心まで染み込んでくる。
「……ここが最初の街」
つかさは小さく呟き、地図を確認する。
紙の地図は湿気で端が少しよれていた。
「一回スマホ、買い直す。ここからはWi-Fiも使わない。最低限の連絡用だけ」
向かったのは、少し外れの古びた100円ショップ。
本来はスマホを売るような場所じゃない。けれど、情報を集めていたつかさは知っていた。
「裏ルート」で仕入れた中古端末を、ごく少数だけ扱っている小さな窓口。
「1台3000円。現金のみ。」
年齢も名前も聞かれない。店員は目を合わさず、物のようにスマホを差し出す。
本当に“逃げている”という実感が、ひなたの胸に重く落ちた。
公園のベンチで、スマホの初期設定を済ませる。Googleアカウントも偽名、連絡先もつかさとひなただけ。
なにもない世界に、ふたりだけがぽつんといる。
「……ねえ、これで、ずっと誰にも見つからないと思う?」
ぽつりとつぶやくひなたに、つかさは視線を向けずに答えた。
「思ってないよ。でも、やるしかないじゃん」
その言葉は、強いようで、どこか諦めを孕んでいた。
ひなたがふと、ベンチの隣に置いた自分のリュックに目をやった瞬間——
パトカーのサイレンが遠くで鳴った。
心臓が跳ねた。
ただの巡回かもしれない。でも、“追われている”という意識が、鼓動を早くさせる。
「行こ」
つかさが立ち上がる。何も言わず、手を引く。
握られた指が少し冷たくて、でも、安心する。
ふたりは走った。小さなカバンを抱えて、街の影を縫うように。
誰かに見つからないように。
誰にも捕まらないように。
そして、心のどこかで願っていた。
——いつか、どこかで、誰にも知られずに息ができる場所に辿り着けるって。