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「結局なんなのよ? この子は」
「すみません。どうにも人見知りがあるようでして……」
「人見知りってレベルで済むの?」
気絶してしまった少女をどうしていいのか分からず、ただ困惑するだけのミューゼ達。とりあえずネフテリアが抱っこした。
「あ、じゃあ私がアリエッタを抱っこするのよ」
「何が『じゃあ』なの……」
仕方がないのでニオの事は後回しにして、先に別件から済ませる事にしたネフテリア。後ろで待機していた男達を呼び寄せた。
(誰? 新しい護衛とか警備的な人達かな?)
エルトフェリアにはネフテリアのような国の重要人物や、フラウリージェのような業界のトップに立ってしまったファッションショップがある。その為パルミラや兵士のように護衛任務に就いている者も少なくないという事を、ミューゼとパフィも知っている。
そういった人員の紹介は、今回が初めてという訳ではないのだ。
「紹介するわね。この人達は他国の密偵兼暗殺者よ」
「すみません間に合っていますのでどうぞ母国へお帰り下さいませぇっ!!」
ミューゼは丁重に叫び散らかした。
「……なんでなのよ?」
「そうよ。なんでそんなに叫ぶの?」
「そっちじゃないのよ!」
ネフテリアはしれっとボケたが、パフィが聞きたい事は勿論叫んだ理由ではなく、他国の暗殺者が近所のおっちゃんのように佇んでいる現状についてである。
「まぁまぁ。貴方達、まずは自己紹介を」
『御意に』
「なんで他国の人がテリア様に従ってるの……」
3人の男のうち、1人が前に出て、礼をした。
「初めまして、故あって本名は明かせませんので、コードネームで失礼します。我が国の諜報部隊隊長『クリムスキー四世』と申します」
「ねぇもう逃げていい?」
最初の名前の紹介だけで、ミューゼの心が折れたようだ。今は我慢してくれと、オスルェンシスが必死に宥めている。
コードネームから分かる通り、この男はクリムのファンなのである。ヴィーアンドクリームは全メニューがクリムの手作りという事で、毎日欠かさず通い、既に全メニュー五周以上制覇しているとのこと。
「密偵として長年生きてきて、これほどまでに充実した日々は初めてです。これからもクリム店長に貢がせていただく所存。どうぞよろしくお願い致します」
「密偵が変な自己紹介してるのよ……」
推し活に全力を注ぐ他国の暗殺者。その瞳に一切の嘘を感じなかったパフィは、クリムの身の安全を心配するべきか安心するべきか、本気で迷っていた。
「あ、一応出身国はわたくしにも秘密にされてるよ。密偵が国バレするのはよくないからね」
「顔バレしてるのはいいんですか?」
ミューゼのツッコミに、一瞬だけ時が止まったが、咳払いで誤魔化してそのまま話を続行。
2人目の男が前に出た。
「自分は第2偵察隊隊長、コードネームは『ネルネ専用椅子になりたい』です。以後よろしく」
べちん
「いたっ! なんで叩くんですか!」
「八つ当たりです!」
コードネームの気持ち悪さに、思わず手が出てしまったミューゼ。男に触る勇気が出なかったので、近くにいたオスルェンシスが犠牲になった。
「暗殺者じゃなかったのよ? 偵察なのよ?」
「ああいえ、偵察は見つからないように情報収集する仕事なんですよ。その手段の1つに証拠隠滅という方法があるわけです」
「そ、そうなのよ……」
やたらとフレンドリーかつ丁寧に教えてくれる暗殺者に、ドン引きするパフィであった。
そして聞いてもないのに、簡単な自己アピールが始まる。
「あの可愛らしいネルネちゃんを守る為ならば、たとえ我が王であろうと容赦はしない。楽園の平和は自分が守ってみせよう」
「愛国心を推しに貢いだ部隊長なんて初めて見たわ……」
この男にとって、推しは王よりも尊い存在なのだ。ネフテリアも引く程に。
そして最後の3人目。
「オレのコードネームは『天使の下僕』だ。国王直属の親衛隊で斥候を務めていたので、今回の密偵の隊長を任された」
「なんでそんな人が長期間国を離れてるの……」
「最初は部下だけだったが、報告を聞いて羨ましくなり、王を拳で説得して出てきた」
「あ、王様を殴っていいのって、この国だけじゃなかったのよ?」
「この国でも殴っちゃ駄目だからね!?」
既にパフィの中では、王族はぞんざいに扱う対象である。特に王妃フレアには容赦しない。
ここでネフテリアがコードネームに疑問を抱いた。
「でも、貴方そんな名前だったかしら? 前は『フラウリージェペロリスト』じゃなかった?」
「またそんな気持ち悪い。ちょっとまともになった……? まとも?」
「『下僕』はまともかと言うと……」
以前のコードネームを聞いて、相対的にまともなネーミングだと感じる一同だが、
「コードネームは最近変えた。天使とはニオたんの事だ」
『えぇ……』
全然まともじゃなかった。むしろヤバさが増していた。
「整った顔立ちに美しい水色の髪。オドオドした態度。その寝顔の愛らしさ。見た瞬間にオレは思った。この子の靴になりたいと」
「もうやだなんでこんな人達連れてきたんですか。アリエッタが変な事覚えたらどーするんですか」
「うん、なんかゴメンね……」
心からのクレームに、ネフテリアは素直に謝った。
しかしそこに男が追い打ちをかける。
「ところで、そちらのアリエッタたんとお喋りしてもよろしいか」
「【呑花檻】」
ずもっ パクッ
「あ」
返答代わりに発動したミューゼの魔法の巨大な花が、男をまるごと呑み込んだ。
この魔法は再生力の高い巨大花で相手を閉じ込める植物魔法である。脱出するには再生力を上回る斬撃による破壊か、炎などで自分もろとも燃やしてしまう必要があるなど、それなりに高い拘束力を持っている。
魔法大好きアリエッタが、ミューゼの魔法を見て感動していた。
(おぉ~、でっかいチューリップ。やっぱりミューゼにはお花が似合うよね~、うふふ)
パフィとアリエッタを家に戻してから、なんとなく3人の密偵を花に閉じ込めて軽く火で炙った後、寝込んだニオをミューゼの家で介護する事にした。
「隣にアリエッタちゃんを寝かせたら、面白い事になると思わない?」
「なるほど確かに」
「やめてあげてください」
怖がられている理由は分かっていないが、弄り方はバッチリのようだ。
「大丈夫。2人の間に大人を1人挟むから」
「2人が可愛いからってそんな欲望丸出しな……」
「だから大急ぎでピアーニャ連れてきてちょうだい」
「そういう情け容赦ない面白さをぶっこむのは何なんですか!?」
何故か息ぴったりのミューゼとネフテリア。アリエッタを含めた可愛らしい光景を見る為ならば、後でピアーニャにボッコボコにされる事も辞さない覚悟である。
しかし、どういう訳か自分達が怖がられているので、その事を相談したいというちゃんとした理由もある。
それを聞いて、オスルェンシスは仕方なくエインデルブルグへと向かった。
「それにしても、ニオちゃんですか。可愛いですね」
「でしょ? 事情があって紹介遅れたけど、アリエッタちゃんと友達になってくれたらなーって思って連れてきたの」
「さすがテリア様。分かってらっしゃる」
「でも気絶しちゃったのよね」
「うーん……」
スヤスヤ眠るニオを見ていると、背後に視線を感じた。
『あ』
視線の主はアリエッタである。
パフィにおやつをもらっていたが、同じくらいの子の事が気になったのか、様子を見に来たのだ。
「ミューゼ、んと、んと」(誰?って聞くのはどうやれば……)
部屋に入ってきて、ニオを指さしながらミューゼとニオを交互に見ていたら、ネフテリアが察した。
「アリエッタちゃん。この子はニオっていうの。ニ・オ」
「に、お。ニオ! おやすみ?」
「そうね。おやすみしてるね。一緒におやすみする?」
「いっしょ……」(ど、どうしよう。事案……じゃないな、困ったことに)
一緒に寝るかと聞かれて、何故か照れるアリエッタ。ピアーニャならともかく、同じくらいの女の子と寝るのは初めてで、緊張しているのだ。
「うん、ここは保護者として、あたしも一緒に寝てあげよう」
「それじゃあわたくしも、ニオの保護者だから反対側に寝るね」
2人とも欲望丸出しでアリエッタをベッドに連れ込んだ。大人2人と子供2人でベッドがいっぱいだが、むしろそれがいいと、それぞれの保護対象にピッタリくっついている。
テリアの方は、驚いたニオがうっかり魔法使わないように抑えるという役目も担っているが。
そのニオは、アリエッタが手を繋いだ瞬間から、軽くうなされ始めた。心配になったアリエッタが、ぎゅっと手を握ると寝顔が険しくなった。眠りながら逃げ腰になっているニオは、後ろにネフテリアがいるため逃げられない。
ネフテリアによってやさしく捕縛されたニオは、全てを諦めたかのように力を抜き、一筋の涙を零して深い眠りについた。
「まるでわたくし達の2人の子供」
「寝言ならちゃんと寝てから言ってください」
これは幸いとばかりにベッドに入ったが、この状態でも真面目な話は出来るので、このままニオについての話を続ける事にしたネフテリア。
どうしてフラウリージェで働く事になったのかという話から始まり、最近ニオがやっていた事を、ミューゼともう1人……しれっと部屋に入ってきてベッドに空きがなくてしょんぼりしているパフィに説明し始めた。
「実はずっと前からエルトフェリアに密偵が張り込んでいたんだけど」
「なんでそんなの放置してたのよ……」
「いやぁ、情報収集しているうちに、うちの子達に魅了された男ばっかりだったから、むしろエルトフェリアを護ってくれてたのよ」
「え~……」
魅了されたのなら他国に誘拐されないかと考えたミューゼだったが、実はよほど相手がバカじゃないとそんな事にはならないと、ネフテリアが否定した。
衣服に限らず物作りには環境や道具が必要不可欠。さらにやる気と場合によっては仲間も大事な要素となる。誘拐した場合、それらはすべて切り離され、欲しいと思った物は絶対に手に入らなくなり、大衆に非難されやすくなるというリスクだけが手に入る。
密偵を仕事とする以上、そういった細かい状況分析も出来ないと、必要な情報と不要な情報を見分ける事も出来ない。当然やってはいけない行動も見分ける必要がある。出来なければ簡単に命を失うのだ。
ネフテリアが他国であろうと密偵を信頼しているのは、その辺りが理由である。
「で、その密偵を抱き込めば、さらに安心でしょ? だから甘い罠で懐柔してみたの」
先程紹介された男達が何をされたのか。ネフテリアから恐るべき罠の詳細が語られる。