今日も、戦乱の日本国は銃声が鳴っている。
最近、種子島から貿易で輸入された銃と言う武器が、最近では主流になってきているが、我が父、九条家は刀で相手を攻め落とすことを慣わしとしていた。
「腑抜けた顔だ。また空を見ているのか」
双子の姉の凛。
「来月からは私たちも補給班だが、戦地へと行くのだ。死ぬかも知れない。気合いが入っていないぞ」
姉はこの通り、真面目で、お堅い性格だった。
「なあ、凛。戦争ってなんだと思う?」
凛は、俺と同じように空を見上げ、答えた。
「人が死ぬ。それだけだ」
そう呟いた凛の顔は、表情は変わっていなかった。
「悟様、凛様、お休みのところすみません」
俺たちの下に現れたのは、我が九条家が禁忌を犯して外国人と縁を結び、子を孕んだ。
その初めてのハーフを、九条家では他の武士に殺されてしまわぬよう、小姓として雇っていた。
「ロイ、忍里の修行は終わったのか?」
名を一色ロイと言い、九条家が密かに契約している、忍里で忍者としての稽古を付けられていた。
「はい。帰路で偶然見つけたのですが……何やら珍妙な生き物が倒れていまして……」
「珍妙な生き物……?」
俺たちは、草履を履いて、ロイの案内の元に “珍妙な生き物” が倒れている現場へと向かった。
「あぁ……確かに……珍妙だな……」
そこに倒れていたのは、紫色で羽が覆われた鳥……の様で、脚は四本生えている妖の様な生き物だった。
「取り敢えず捕獲……いや、もしもの為に殺してしまうべきか……」
「お前たちが私を殺せるわけがないだろう」
すると、珍妙な生き物は女性の声で言葉を発した。
そして、みるみる内に茶髪の女性に変化した。
「何奴だ。国外の者か……!」
国外の人間は未だ謎に包まれている……。
銃の製造も然り、この様な珍妙に変化する道具でも創り出しているかも知れない……。
「何奴? 私は酉の仙人だよ。その刀を納めな。私は生き物は殺さない主義なんだ」
なんとも偉そうに物を言うが、人の姿になっても、変わらず倒れたまんまだった。
「お主……何故倒れているのだ……?」
「三日も何も食べてないんだ……立ち上がる気力もないに決まってるだろ〜……」
そう言うと、へろへろな顔を俺たちに見せた。
俺たちは、戦争のことで既に頭がいっぱいだったのか、本来であれば絶対にしない、珍妙な生き物を屋敷に連れて帰り、飯を食わせることにした。
「で、ナーガさん……だっけか……?」
ナーガと名乗った女は、飯を見るからになんの躊躇いもなく口へとバクバク運ばせた。
「ナーガ “様” だ。仙人様だぞ、私は」
飯を食わせてやってると言うのに、偉そうな態度が覆ることはなかった。
「そうだな、飯を食わせてくれた礼に、お前たちの願いを一つだけ叶えてやろう。みんなで一つだぞ」
俺は半信半疑で睨んだが、凛は即答した。
「戦争のない世界に……行きたい……」
凛……。
「そうか、今のこの地球は戦乱の世だからな」
「ちきゅう……? 戦乱の世……?」
「ああ、こっちの話〜。戦争のない世界に行ってみたいんだな。簡単なことだ」
そう言うと、ナーガさんは立ち上がった。
「仙術魔法 神無!」
すると、俺たちを包むように紫色の円球に包まれる。
「な、なんだ……!?」
「凛様!! 悟様!! 今すぐ救助を……!」
ロイは慌てて避難していた。
「ダメだ! お前は来るな!!」
そして、俺たちは紫色の光に包まれた。
「ほい、到着」
目を開けると、自然豊かな樹木が広がっていた。
「こ……ここは……?」
「ここは確か、自然の国だったか……。自然豊かで商売が盛んな国だったはずだ。平和だぞ」
賑わう人々、笑い合う声……。
俺たちのいた世界とは全然違う……。
「だ、大丈夫ですか!?」
そこに、ロイの声が聞こえる。
しかし、どこにもロイの姿は見えなかった。
「ど、どこにいるんだ……? 凛、見えるか……?」
「どこにも見当たらない」
「ええ!? すぐ前に居るじゃないですか!」
ナーガは徐に不穏そうな顔を浮かべた。
「お前、私の仙術から逃げたのに、外部から無理やり侵入しただろ」
「は、はい……。慌てて光に手を当てて……」
「お前の身体は今ここにはない。精神のみがここに辿り着いてしまっているんだ」
「ど、どうするんだ!? じゃ、じゃあロイは、ロイの身体はどこにあるんだ!?」
そして、またもナーガさんは顔を曇らせた。
「私の仙術は膨大なエネルギー消費が掛かる。次元を移動しているからな。一ヶ月は移動できん。しかし、一ヶ月も精神と身体が離れていては、この男は死ぬ」
俺たちは唖然としてしまった。
「ど……どうすれば助けられるんですか……」
「お前、コイツの為に死ねる覚悟はあるか?」
唐突な質問に、俺たちは何度も死人を見て来たと言うのに、いざ自分の番だと言われると、萎縮した。
「あります」
しかし、凛は顔色を変えずに答えた。
「いいだろう。お前たちにこの仙術を会得させる。しかし一人では叶わない。行くだけの力しかないからだ。行って身体に触れ、戻ってくる必要がある。それには、お前たち二人に会得し、二人で使用する必要がある。ただし、失敗したら全員がその男と同じ状況になる」
「そ、そんな……。僕はいいです……! 僕はお二人を守る為の身……命なんて懸けないでください……!」
黙っている俺に、凛は振り向く。
「私が我儘を言ったせいで……ロイが……」
「凛……俺は……」
死にたくない。
正直、それが本音だった。
「私は戦争が嫌い。人が死ぬのも、嫌い。人を殺す為に死んで行くなんて、私は嫌だ」
いつも変わらない凛の顔は、少し違って見えた。
「私は、誰かを守って死ぬ人生を歩みたい」
ああ、そうだ……長いこと、忘れていた。
凛が最後に笑ったのは……。
「俺も行く。ナーガさん……様、教えてくれ」
「覚悟はいいな?」
すると、ナーガ様は俺たちの肩に触れた。
「ほい、これで会得完了。あとは仙術魔法 神無と唱えれば勝手に発動する。二人で手を繋いで、ここに戻ってくるまで絶対に離すなよ」
「わかりました……」
俺と凛は、そっと手を繋いだ。
凛の手は、柔らかかった。
「私より手が大きくなったね、悟。行くよ……」
“仙術魔法 神無”
ドサッ!と音が鳴り響き、屋敷に辿り着いた。
「ほ、本当に移動しちまったな……」
「悟、ロイの身体……転がってる」
「ああ。すぐに連れて行ってやろう」
凛が最後に笑ったのは、小さな頃だったな。
「今度は俺が唱えるんだったな……。行くぞ……」
“仙術魔法 神無”
ロイの髪は緑色で、九条家の偉い大人たちからは、処断されるべきだと声を荒げられていた。
なんでか覚えてないが、俺は泣きながらロイを守っていたんだ。
蹴り飛ばされて、泣いてるロイを、守ったんだ。
そんな現場に、急いで凛が父様を呼んで来て、全員を諭して、ロイのことを笑顔で迎え入れた。
その時、俺とロイは凛に手を引かれて、立ち上がった。
そん時に、凛は笑ったんだ。
「無事に戻って来られたようだな」
さっきの自然の国とやらには、しっかりとロイの身体があった。
「なんか……一瞬のことすぎて……実感湧かないな……」
「次元移動だからな。でも、少しのズレで全て終わってしまうこともあるのだ。強運だな、お前たちは」
そう言うと、ナーガは笑った。
「あのさ、凛……」
凛は、いつもの表情で俺たちを見ていた。
「二人が無事で……よかった」
すると、凛は昔のように笑い、手を差し伸べた。
俺とロイ、右手と、左手。
俺もロイも、照れながらその手に触れた。
「なあ、凛。俺も、人を殺したくない」
「うん」
「俺は、この手で人を助けられる生き方をしたい」
「うん」
そう言うと、凛は再び、俺たちに笑顔を向けた。
そして、仙術魔法を使用した俺たちは、この異世界からもう帰れないと、後から告げられた。
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