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週の終わり、金曜日の放課後。
和也は教室を出ようとしたとき、廊下の角で彼女――福地桃子さんに声をかけられた。
桃子:「……和也くん、ちょっとだけいい?」
彼女の表情は、以前よりも少しだけ強くて、少しだけ優しかった。
二人は校舎裏のベンチに並んで座った。
桃子:「……この前、言ってたよね。“好きって気持ちがわからん”って。それ、私……ちゃんと受け止めてるつもりだった」
和也は静かに頷いた。
桃子:「でもね、それでも、私は和也くんが好き。“優しすぎる”って言われるその全部が、私は好きやったんよ」
風が通り抜け、葉がさらさらと揺れる。
桃子:「だから、自分の気持ちだけでもちゃんと伝えたかった。“想うだけでも、意味がある”って、今は信じてるから」
彼女の声は震えていなかった。
まっすぐで、誠実だった。
和也は、しばらく黙って空を見つめた後、
ゆっくりと、でも確かな声で返した。
和也:「……ありがとう。ほんまに、ありがとう。俺、誰かに好かれて、それを“ちゃんと好き”って返せたことがない。それがどれだけ申し訳ないか、ずっと悩んでた。でも今、こうして正直な気持ちを伝えてもらって――俺、嬉しい。ちゃんと向き合ってもらえることが、こんなにあたたかいんやって、知れたから」
和也は目を細めて微笑んだ。
和也:「俺は、恋をする気持ちがまだようわからん。でも、君の言葉は、大事に覚えときたい。いつか誰かを好きになる日が来たとき――今日の君みたいに、まっすぐ伝えられる人間になりたい」
彼女は小さく笑った。
桃子:「……そっか。それなら、好きになってよかった」
夕陽がふたりの影を長く伸ばしていた。
その夜、シェアハウス。
和也:「ただいま〜」
丈一郎:「おかえりー、大橋!」
恭平:「お、なんかええ顔してるやん」
謙杜:「フラれた? それとも告られた?」
謙杜のいつものイジリに、和也は笑って返す。
和也:「どっちでもええやろ〜。ただ、ちょっとだけ“自分の気持ち”を見つけられた気がするねん」
流星が首を傾げる。
流星:「どんな気持ち?」
和也:「……誰かを好きって気持ちは、“無理に生まれるもんちゃう”ってこと。でも、“想ってくれる人の真剣さ”には、ちゃんと応えなあかんなって思った」
大吾:「それって、“恋じゃなくても、誠実でおること”ってこと?」
そう言ったのは、大吾だった。
和也は大きく頷く。
和也:「うん。俺、まだ恋ってわからへんけど、“人を大切にすること”なら、少しはわかる気がする」
丈一郎が言った。
丈一郎:「ええやん。それ、立派な愛情やで」
和也は、あたたかい笑顔のまま、ふと空を見上げた。
“名前のない気持ち”でもいい。
ちゃんと大事にできるなら、それは確かに愛の形だ。