雨の中、花束を抱えたまま
どこか一点を見つめている
お婆さんがいる。
8月15日 正午。
色んな人が傘をさして、
そこにいるお婆さんを
見て見ぬふりをする。
自分はそれを、放ってはおけなかった。
「お婆さん、風邪ひきますよ。」
自分の持っていた傘を差し出す。
強い雨が傘を当たって、
やがて地面に落ち、滲む。
救えない命が、そこにあった。
お婆さんは、それを
目の当たりにしていた。
肌で、耳で、目で、鼻で、
全てで体感している。
「夫が……待っているんでね。
私もそろそろかね。」
お婆さんはにっこり笑っている。
あぁ、そんな事言わないでくれ。
あの日の放送が頭をよぎる。
雨が涙か分からない水滴が
雨で濡れた地面に落ちていく。
天気のいい78年前のあの日、
君は、自分のために泣いてくれた。
ただ、それだけでいいんだ。
「…ゆっくりで、構わないよ。」
そう言って、彼女のそばから
姿を消した。