「報酬一人三十万!?」
いつもの昼食時、歩の持ってきた依頼書に、俺たちは声を上げた。
「毎月の家賃が四万で……三十割る四だから……約七ヶ月は働かなくていいってことか……?」
「優さん……それ、本当に家賃分しか考えてないですね……ちゃんと他の雑費も考えてください……。でも、姉さん、そこまで報酬金も高いとなると、相当な任務なんじゃないですか? 僕たちに流しちゃって大丈夫なものなんですか?」
「流石は私の弟、目の付け所が違うな。確かに、本来であれば、ここまでの任務の横流しはできない。しかし、今回に関しては勝手が異なるのだ……」
そう言いながら、顔を顰めると、事情を話し始めた。
――
「どうも〜、運転手の鯨井で〜す」
俺の挨拶の声に、耳に付けている無線機から学の声が聞こえる。
『優さん! 声が震えてますよ!! もっと自然に!』
とは言っても……。
運転なんて何年振りだ……? ババアに免許は取らされたものの、こちとらペーパードライバーなんだよ……!
なのに……乗せる相手が日本で一番偉い天皇って……!
ビビらねぇ方がおかしいだろ……!!
「それでは、光太郎様は後部座席へ。佐久間が隣に座りますので、助手席で私が案内します」
天皇のご子息、光太郎。そして、SPと思われる女性と男性の二人組を、車で目的地まで届けるのが、今回、歩の持ってきた任務だった。
(よ、よぉ〜し……これさえ終わっちまえば三十万……。大丈夫……どうせ何も起きるわけねぇ……。あ、ダメだ。何も起きるわけないとか言うとフラグになる……)
俺はガクブルと震えながらハンドルを握る。
機械トラブルは有り得ない。車の事故防止は、車体に安全停止装置などが取り付けられ、その他にも、学の開発した安全装置多種が取り付けられた、『そもそも事故なんて有り得ない車』に改造してある。
それに、ルリアールは常にこの車を上空から見渡し、襲撃においても、異世界のバリア魔法でテロリストだろうが侵略者だろうが、全ての攻撃から守る。
俺が多少、運転を失敗しても大丈夫……何があっても大丈夫だ……。
「鯨井さんと言いましたか? そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ。私も、後ろにいる佐久間も、UT変異体でこそありませんが、相当な武術の使い手です。何が起きても、きっと対応してみせます」
「あ……そ、そうですよね……。あはは、た、助かります……」
「ふふふ。とは言っても、急に皇族を乗せた運転ともなると、緊張しない方がおかしいですね。安心してください。光太郎様は一癖あるお方ですが、その分、寛容な心持ちの方なんですよ。あ、失礼しました。私は、光太郎様のお目付け役の佑希と申します。どうぞ、数時間の旅路ではありますが、よろしくお願いします」
ほぼ白目を剥いたまま、教習所で習った事を復習するかのように一から思い出し、ヨタヨタと進行する。
しかし、絶望的な緊張感とは裏腹に、約三時間の移動の末に、何事もなく目的地へと到着した。
「や、やっぱ何も起こらなかった……。あはは、よかった……マジで死ぬかと思った……」
内心、久々の運転に長時間の緊張感、俺は心身共にヘロヘロな状態で、目的地の海岸沿いに寝そべった。
日本が宇宙人の侵略から、要塞都市と言われて何年が経ったのだろうか。
こうして、海の見える場所は数限られていた。
恐らくは、天皇のお孫様も、この海の眺めを見に来たのだろうと、波の音を聞きながら考えていた。
「何事もなくてよかったな」
「ホントだよ……。ったく、急に皇族の送迎とか、マジで歩には勘弁してほしいぜ」
「なんでお前が運転手になったんだろうな?」
「あ? だって、光太郎って皇族のガキが護衛を嫌って、特殊部隊にも刑務局にも任務が出せないから、こうやって俺みたいなフリーランスの異世界人に……」
あれ……? 俺は今、誰と喋って……。
「こ……光太郎様……!?」
光太郎様は、ニタニタと俺を眺めていた。
「す、すみません……皇族のガキとか言って……」
「いいんだよ。それより、本当にお前が、あの噂の異世界人だったんだな!」
「あ、そ、そうですけど……」
「敬語なんて使うなよ! 光太郎でいい! なあ、色々聞かせてくれよ!」
光太郎は、車内では終始、ムスッとした物静かな印象だったが、話してみれば気さくな少年だった。
――
「んー、そうだなぁ。俺は赤ん坊の頃にはもうこの世界にいたから、異世界のことが知りたいなら、ルリアールに聞いた方がいいかも知れねぇな」
そうしてルリアールを無線で呼び出す。
「こ、この度は光太郎様……オボロロロ……」
「テメェ! 吐いてんじゃねぇよ、汚ねぇな!! どんだけ緊張してんだよ! バカ女!!」
「だって……何か粗相があれば直ぐに牢に連れて行かれると歩が……」
「ンな訳ねぇだろ! 何百年前の話だよ!」
「ぶふっ……あっはははは!」
光太郎は、俺たちの掛け合いを見て笑っていた。
その内、ルリの緊張も解れ、地平線を眺めながら、三人で座って異世界の話をした。
ルリが自慢気に魔法を見せると、光太郎は目を輝かせ、興奮気味に眺めていた。
「あぁっ! こんなところにいたァ!! まったく、探したんですよ! 光太郎様!!」
背後から駆け付けてきたのは、SPの佑希さんだった。
「あれ……運転手の方と……コスプレ……?」
「あ……これには、訳が……」
すると、光太郎は俺の言葉を制して立ち上がる。
「彼らは僕の代理SPになった! 今回の外泊も付き添わせるぞ!」
そんな急な発言に、全員が口を開けた。
――
学も合流し、光太郎の勉強の時間とやらに、SPの佑希さんと佐久間さんに、事情を説明した。
すると、全てに合点がいったかのように、佑希さんは溜息を吐いた。
「はぁ〜……。やっぱりそうだったんですね……。いつもならムスッとしても、護衛を受け入れるのですが、今回に関しては断固として拒否して、佐藤さんに相談したんです。佐藤さんから『丁度いいのがいる』と言われてて、UT特殊部隊の新人さんかと思っていたのですが……まさか……」
「なんか……すみません……」
「い、いえ……! 異世界人の皆様のことを悪く言うつもりも、悪く思ってもいません……! ただ、光太郎様のお父様……つまり皇族の方々は、まだ話を聞いたばかりで受け入れられていないのです……。光太郎様に悪影響にならないようにと、『野蛮で危険』と伝えてはいたのですが、光太郎様は、逆に興味を示してしまったようで……」
こう言う時、いつも考えてしまう。
悪いのは、俺たちを悪く言う奴らじゃない。
世界平和、地底人、海底人、宇宙人、そんな困難を乗り越えた人類の新たな敵、異世界の侵略者。
その、脅威の根源たる異世界からやってきた俺たち。
俺は記憶がないから、まだ他人事のように感じる時もあるけど、恐れられて当然なのだ。
それを、こう言って人の心があることを前提として話してくれることの方が、余程ありがたい。
「光太郎は、魔法が好きみたいですよ。技術じゃ説明できないなんたら〜って、ルリの魔法を見て喜んでました」
「光太郎……ですか。それ程までに、光太郎様は皆様のことを大切に想っているんですね……。私たちも、SPに着いて少しした頃、呼び捨てでいいと言われた時がありました。でも、私たちは立場上、そんなことはできず……」
佑希さんが思いに耽って話していたのも束の間、光太郎の学習部屋から、大きな物音が聞こえる。
ゴォン!!
「キャーーー!! 誰か早く来てください!!」
そして、次には、光太郎に勉強を教えていたであろう女の先生の声が響き渡る。
階段を降りて直ぐの場所で話していた俺たちは、数秒の間に直様駆けつける。
木っ端微塵に砕かれた壁、そして、それをやったであろう、気絶した光太郎を抱えるその人物を見て、佑希さん、佐久間さん、そして、学の三人は、唖然とした顔を浮かべた。
「な、なんだ……? 知ってる奴か……?」
「か……彼は……宇宙最強の戦闘種族……”下羅狗“。天界人により、下羅狗とも平和協定を結びましたが、その裏で、誰の下にも屈しないと、宇宙に逃げ出した下羅狗の集団がいたそうです……。その……リーダーです……!!」
「なんでそんな奴が……!!」
「あははっ、地球に行け、なんて言われた時には驚いたけど、まさかこんな小さな島国が標的だなんて。強い奴なんてどこにもいないし……ガッカリだよね」
そう言うと、男は静かに背を向けた。
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