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「つ、疲れた……」
深くため息をついて、うーん、と唸りながら腕を伸ばし天井を見た。
1日半、休んだわけだからさすがに仕事は溜まっていたし、その疲れもある。
けれど、1番の理由は……
(人の視線が痛すぎる……)
例えば別の部署に書類を届けに行けば、チラチラと見られ。またトイレにでも行こうものなら、聞こえるように『あ、あの人坪井くんと八木さんの』なんて指を指されそうな勢いで見られる。
それらは、人に注目されることに慣れていない真衣香の気力と体力を奪うには十分過ぎるものだった。
「はあぁ……、二股かけれるほどモテてませんよー。 なんて」
言い返せる自分には、まだまだなれそうにもないな……。
そう思いながら、伸ばした身体を次は縮こまらせて、デスクに頬をつけて伏せった。
けれど、ずん……と重い身体から力が抜けていくよりも前に、ドアが開かれる音がした。
瞬時に強張った真衣香の身体。
今日一日、思ったよりも気を張っていたようだ。
「なんだぁ、お前まだ体調悪いのか。 早く帰れよ、もう7時だぞ」
けれど、顔を出した人物は八木だった。 あからさまにホッとして気が緩んだ。
「八木さん! お疲れ様です」
泣き付きそうな勢いで駆け寄ると、八木は「あ? 懐いたって何も出ねぇぞ」なんて、また真衣香を犬扱いして、シッシッ!と追い払う動作を見せた。
そして、むくれた真衣香をニマニマと満足そうに見届けてから、次は眉間にシワを寄せた。
「つーかお前今寝てたろ? 大丈夫なのか? 言ったろが、無理して来るなって」
いきなり凄まれてしまい、真衣香は「もう元気なんですけど」と口ごもる。
しゅんと肩を落とす真衣香を見下ろしているのか、チクチクと視線を感じる。何も言えないでいると。
やがて、はぁ……。と、大きなため息が聞こえ、続いて穏やかな声が真衣香の耳に届く。
「ひとりにしてて悪かったな、何かイレギュラーあったか」
「いいえ、仕事自体は今さっきなんとか終わりました」
真衣香は無意識に、仕事以外に問題があったことを匂わせてしまったようだ。
八木の声が少し低くなった。
「じゃあ、なんだ。 坪井か」そう言って、手にしていた鞄を、苛立ちぶつけるようにしてデスクに投げ置く。
「げ、厳密に言うと……違うというか」
ハッキリしない真衣香の頭を、八木は拳を作り軽く小突いた。
「早く言え」
「わ、私二股かけてるみたいです! 顔で、よ、よよ、夜の相手を選んでるとか」
何と言葉にすればいいのか、まとまらないまま声にしてしまったので予想以上に直球を投げてしまった。
(……も、もっと、あるでしょ……言い方)
恥ずかしさのあまり俯いて、キツく目を瞑ったのだけど。
すぐに聞こえてきた、ガコン! と、何かを落としたような派手な音に目を開けると、八木のものだろうか?
ペットボトルのお茶がコロコロと真衣香の足元まで転がってきた。
見上げると、驚いたように何度もパチパチと瞬きを繰り返している。
「…………あ? お前がか?」
「みたい、です」
「みたいですってなぁ、何でそんなことになってんだ」
「わ、私もわかりません。 今日来たらいきなり言われてました。 八木さんと坪井くんと……って」
それを聞いた八木は「あーー」と、何やら頭を抱えて席に着いた。
「八木さん?」
「ったく、どうせ月曜のことだろ? 誰か好きに脚色したんじゃねーのか。 一部だけ見て」
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