テラーノベル
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「べ、ベルシュタイン公爵……!?」
赤黒い闇魔法を背負い、静かに立つアレクだった。
剣は抜いていない。
ただそこにいるだけで、喉元に刃を突きつけられているような圧が、兵たちの息を止める。
「武器を捨てろ」
アレクは一歩も動かない。
動く必要などないのだ。
「武装解除すれば、命までは取らない」
若い兵は、震える手で槍を握りしめた。
戦いたくない。死にたくない。カチャン、と彼の手から槍が落ちた。
それを合図にしたように、隣の兵も、そのまた隣の兵も、次々と武器を落としていく。
「貴様ら、何をしている! 拾え! 戦え!」
王妃派の私兵が怒号を飛ばした瞬間。
アレクの闇魔法が、その足元を深々と抉った。
私兵は悲鳴を上げ、後ろに倒れ込む。
アレクは伏した相手を冷たく見下ろした。
「次は、足元では済まない」
その一言で、倉庫前は静まり返った。
***
数時間前――。
アイリス領の執務室で、私は地図の上に置いた駒を見つめていた。
「広い場所では戦わない」
アレクの指が、領境の谷道をなぞる。
「谷道で隊列を伸ばし、湿地で足を鈍らせる」
黒い駒が、街道へ置かれた。
「敵はここへ流れるだろう」
私は、街道脇にある古い倉庫に目を留めた。
「……これは、使えそうね」
アレクがこちらを見る。
「囮にするのか」
「囮以上よ」
私は倉庫の図面を広げた。
そして、外壁部分にある主魔石――前世でいうところのブレーカーを指差す。
「この魔灯の主魔石を破壊すれば、中の明かりは一斉に消えるわ」
「視界を奪うのか」
「ええ。さらに換気口から煙幕を流し込む。兵は火事だと思って出口を探すはず」
私は、出口の一つを指で叩いた。
「開けておく出口は一つだけ。そして、そこにあなたが待ち構えるのよ」
「降伏させるんだな」
「ええ」
私は頷いた。
「敵の多くは、無理やり連れてこられたウィステリアの領民よ。無駄に戦うより、武器を捨てさせた方がいいと思わない?」
アレクの目が、少しだけ険しくなる。
「甘いな」
「甘さじゃないわ。効率よ」
アレクは黙っていた。
やがて、地図の上の駒をひとつ、倉庫の出口へ置いた。
「分かった」
「できるだけ怖い顔で立っていてちょうだいね」
「得意だ」
あまりにも真顔で返されて、私は少しだけ笑いそうになった。
***
そして現在。
「俺たちを……本当に殺さないのか?」
若い兵の問いに、ベルシュタイン家の騎士が答えた。
「武器を捨てた者は殺さない。食事と治療を与える。バイオレッタ様の命令だ」
その言葉に、兵士たちは崩れ落ちた。
広場には、騎士たちによりスープとパンが運び込まれた。
空腹に耐えていた兵たちは、震える手で器を受け取り、夢中で口へ運んだ。
怪我人は、神殿の臨時診療所へ送られていった。
***
翌朝。
王都の一室で、現王妃は新聞を見ていた。
『アイリス領、少数でウィステリア軍先遣隊を撃退』
『降伏兵を救済。バイオレッタ令嬢の采配に称賛の声』
『王妃派の私兵、統率崩壊か』
ぐしゃり、と紙が歪む。
「……生意気な」
***
私は執務室で新聞記事を見つめ、静かに呟いた。
「まずは一手。けれど、これからが本番だわ」
窓の外では、秋の気配が薄れ、空が冬の色を帯び始めている。
もうすぐ冬が来る。長く、厳しい冬が。
コメント
1件
あおいです🌷 第67話、読み終えました! アレクが兵士たちに武装解除を呼びかける場面、あの静かな威圧感がすごく好きです。「動く必要などない」という一文に、彼の強さと風格が凝縮されてるなって。そして、事前にアイリスと練った作戦が完璧にはまって、無駄な戦闘を避けた流れも気持ちよかったです。 それにしても、王妃の「生意気な」っていうセリフが不気味で……冬が近づくラストの表現も、これから来る嵐を予感させて、続きが本当に気になります!