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――エルドアーク宮殿――
入口扉前。三人はまだ突入する事無く、その脇でユキの傷の手当てを施していた。
アミはユキの腹部の切創に、しっかりと包帯を巻いていく。出血量こそ多いが、臓器器官まで傷が届いてないのは、不幸中の幸いだった。
「ぐっ!」
ユキは痛みで僅かに呻き声を漏らす。
深刻なのは、左脇腹の肋骨が完全に折れている事。闘う処か腕を動かすだけで、筋肉の収縮で常に激痛に苛まされる事だろう。
「ユキ……やっぱりここは一度退こ?」
アミはユキに、一度撤退を促す。
此処まで来ての撤退。即ち時間を置く事は、そのまま世界の終焉を意味するにも等しい。
江戸、いや日本は既に危機的状況にある。事は一刻を争う。
それでもアミは、それよりもこれ以上ユキの傷付いていく姿を、見ていたくないという想いなのだろう。
「心配はありません。ここで退く事は、ルヅキの想いまで無下にする事になります」
ユキはアミの気持ちを痛い程分かっていながら、それでも退く意思は見せない。
「でもその身体じゃ!」
闘う事が出来ないなら、それこそ只の犬死に等しい。
闘う事が避けられないならーー
“せめて傷が完治してから”
その傷を癒す事も出来ない無力な自分に、アミは歯痒さを抑える事が出来なかった。
「この肋骨の事なら大丈夫です……」
折れてる以上、大丈夫な筈が無い。ユキの強がりとしか取れないその言葉の意味に、やはりアミは一度撤退の意思を固めた。
“例え嫌われてでも、みすみす死に行く様な真似はさせない”
アミが蹲(うずくま)るユキへ、手を伸ばそうとしたその時。
「えっ!?」
それは形容し難い、何かが固まる様な鈍く重い音が、彼から確かに聞こえた。
「なっ……何? 今の音」
隣に居るミオも、その音に気付く。ただ決して愉快な音では無い。
その音が生理的に受け付けないであろう事は、二人の表情から如実に伺える。
「折れた肋骨部分を……永久凍結で固定しました。私が自分の意思で解かない限り、この固定は解けません」
何事も無いかの様にそう語るユキ。そして続く一言。
“これでまだ闘える”ーーと。
「氷で固定って……んな無茶なっ!」
ミオがその理解不能な行為に声を上げる。
「全然解決になってないじゃない!」
続くアミの咎める様な声は、この状態でまだ闘うつもりなのかという、ユキの無茶振りに対しての事。だがそれらも全て、彼への安否からきていた。
例え世界の危機が迫っていようとも、目の前の愛する家族の安否の方が重大であるという事に。
「なら退きますか?」
思わぬユキからの撤退の言葉。
「だが此処で退く事は、既に江戸の侵略が始まっている以上、遅かれ早かれ全ての終わりを意味しています」
それは中核となる江戸が確実に落ち、被害は瞬く間に全国へ拡がる事に。
ユキには分かっていた。多数の軍団相手では、屈指の遣い手で在るジュウベエを始め、柳生と江戸の総力を挙げても、必ず全滅に追いやられるであろう事を。
これは時間との勝負。狂座か世界か、どちらかが必ず滅びる。
「そっ、それはそうだけど……」
アミにも分かっていた。退く道も逃げ道も何処にも無い事は。
ユキの言う事は紛れも無い真理。
言いあぐねるアミを尻目に、ユキは立ち上がり二人に背を向け、開いたままの宮殿入口を見据える。
「ユキ? まさか……」
その声に振り返る事無くユキは二人を背に、入口の方へ歩みを進め様としている。
「私は行きます。貴女達は家に戻り……待っていてください。残念ですが此処から先は、とても貴女達を守りながら闘えそうもありません……」
それは決別を意味していた。
「えっ!?」
その言葉の意味に、二人は戸惑い立ち竦む。
この先に居るのは冥王を筆頭に、直属の強敵のみ。
ルヅキは正々堂々であった為、勝負に於いてアミとミオの二人に危害や人質にする様な真似はしなかったが、敵が皆そうだとは限らない。
もし二人が人質等、ユキの弱味になろう事態になったなら、只でさえ勝算の低い闘いが本当の零に成りかねない事を意味していた。
ユキは無言で一人先に歩を進める。決して二人が邪魔になったという意味合いでは無い。
この先に待ち受けるであろう危険に、二人を巻き込みたくないと、只その一点に尽きる想い。
だが二人も黙ってユキの後を着いていく。
「……何故?」
ユキは分かっていた疑問を口にした。二人が大人しく引き下がらないであろう事は、これまでの事から推測済み。
それは闘いの役に立ちたいという意味では無く。
「それでもユキが行くなら……私も行く」
「危険なのは最初っから分かってた事だしね」
アミとミオはそれが当然と言わんばかりに、振り返らぬまま歩を進めるユキに着いていく。
それは危険を共有するという想い。
「この先からは、自分の身は自分で守ってくださいね……」
ユキはそれだけを独り言の様に呟き、三人は入口へと足を踏み入れた。
もはや何も言うまいと。ただユキにはアミの想いが伝わっていた。
“何かあったら私が守るから”
それは闘いへの加勢では無く、自己犠牲であるかの様に。
「行きましょう」
“自分の身は自分で守ってください”と、そう言ったユキだが、本心は別な処にあった。
本音と建前。それは何があっても二人を守るという事。
三人の姿が、宮殿の入口闇に消えた。
それはこの先にある過酷な運命を象徴しているかの様に三人が消えた後、扉は音も無く静かに閉じるのだった。