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「おい、彫りはまだか!」
「もう少しです!!」
「早くしてくれ、続報はまだかと人が押し寄せているんだ!」
アーカード総合印刷所は盛況を極めていた。
板にゼゲルの悪口を彫り、インクをつけて紙に押しつけるだけで、みるみるうちに金が舞い込んでくる。
売れているのは紙でもインクでもない、情報だ。
情報という無形物に新聞という形を与えることで、新たな価値を創造したのだ。
これはまったく新しい商売なので、商売敵が存在しない。
つまり、刷れば刷っただけ売れる。
これほどボロい商売もなかなない。
まだ報道の公平性という概念がないので、偏向報道し放題だし。虚偽のニュースを流し続ければ、いずれオレが流す嘘こそが真実となる。
人々が求めるのはつまらない事実ではない。
面白ければそれでいいのだ!!
ははは!! 素晴らしい!!
オレは情報を、人々を支配している!!
いずれ帝国からも依頼が来て、新聞は公的な信用性を持つだろうし。紙面の端に商品広告でも載せれば、その商品は飛ぶように売れるだろう。
広告掲載枠はいくらにしよう。
こういうものは最初に決めた値段がベースになる、注意して決めたいところだ。
「失礼します。アーカードさん」
「お待たせしました」
「む。来たか」
印刷所で指揮を取っていたオレに、ルーニーとベルッティが話しかける。
オレが呼び立てておいたのだ。
「お前らに仕事を与える」
ルーニーの背筋が伸びる。
それを見たベルッティがムキになって背筋を伸ばした。
張り合っているのだろう。
「ゼゲルの過去を探れ」
「過去、ですか。居場所ではなく?」
ルーニーの疑問はもっともだ。
現在、帝都はゼゲル探しに夢中だ。
帝国直属の奴隷部隊や聖堂騎士団の連中も、血眼になって探している。
帝都の人々が最も欲している情報はゼゲルの居場所であることは間違いない。
ベルッティが溜息をつく。
何をわかりきったことをとでもいいたげだった。
「ゼゲルが捕まったら。このニュースはおしまいだ」
「捕まる前にゼゲルの過去を売れば金になるが、捕まった後じゃそれほど儲からないだろ」
「鉄は熱いうちに打て、だ」
このところのベルッティの成長は凄まじいものがある。
当初は滑舌が悪く、読み書きすらできなかったが、ベルッティはそのすべてを燃えるような野心で克服している。
オレはよく買い取った奴隷に知識や技術を与えて高値で転売するが、ここまで来ると売るのも惜しくなってくる。
「しかし、アーカードさん。ゼゲルの過去が真実である必要はないのでは?」
「現実がどうかとは無関係に、書いたことがそのまま事実になりますよ」
ルーニーがこいつわかってない。という顔をする。
「そんなことを続ければ、いずれ新聞は信用を失い。誰も買ってくれなくなる」
「ぼくたちが売っているのは情報だ。その情報に価値がなくなったら、おしまいなんだ」
ベルッティはルーニーを睨みつけたが「……お前が正しい」と引き下がった。
それでも悔しかったのか、最後に「今回はな」と付け足す。
ルーニーが13歳、ベルッティが10歳であることを考えると、うまくやっている方だろう。
忠実なルーニーと野心家のベルッティ。
この二人は仲が悪い。
ベルッティはルーニーの誠実さが気に食わないし。
ルーニーはベルッティの狡(ずる)さが気に入らない。
だが、誠実さも狡(ずる)さも商人には不可欠な要素だ。どちらかだけでやっていけるほど、商売は甘くない。
誠実でなければ、信用されず。
狡(ずる)さがなければ、罠に気づけない。
敢えて二人で行動させることで、お互いの良い部分を吸収し、欠点に気づくチャンスを与えるのだ。
「ルーニー、ベルッティ。期待しているぞ」
オレの言葉に二人が目を輝かせる。
仲が悪くても、オレへの忠誠は変わらない。
二人は「はい!」と返事をすると、帝都へ走り出した。
「あの二人で大丈夫かのう。心配じゃあ」
彫り板についたインクのにおいを嗅いでいたイリスが、そんなことを言う。
イリスには特に仕事を与えていない、すぐにサボるからだ。
そればかりか、目を離すと勝手に奴隷を強姦しようとするので気が抜けない。
ルーニーとベルッティの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「別に、何もわからなくても構わんのだがな」
「え。じゃあ、なんで二人を走らせたんじゃ?」
一つは仲の悪い二人を協力させることで、成長を促す為。
そして、もう一つは。
「どうせ嘘を書くにしても、探しているフリだけはしておく必要がある」
ベルッティが言うことも、ルーニーが言うことも正しい。
今なら、何を書いても真実と認識されるだろう。
だが、その内容が嘘ばかりだと思われれば、いずれ新聞は信用を失う。
ならばやることは簡単だ。
さも「走り回って真実を探していますよ」というフリだけしておいて、後は都合の良い嘘を書けば良いのだ。
これで信用を落とすことなく、自由に情報を操れる。
複数の取材班をチームで走らせ、架空かつ匿名の情報提供者を用意すれば、奴隷たちが不自然に思うこともないだろう。
「アーカード、お前は本当にワルじゃのう」
イリスが残念そうに首を振る。
連続強姦殺人鬼に言われたくはない。
そういえば、そうだ。
イリスは連続強姦殺人鬼だった。
ふふ、いいことを思いついた。
ついでにゼゲルの罪を増やしておこう。