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第3話:パクパクの外交ミス
魔王城の南棟。応接間の窓から、光が差し込む。
「なーなー、トアルコー! ぼく、おもてなし得意だよ! しゃべるの得意だし!」
そう言って跳ねていたのは、竜の姿をした魔族・パクパク。
人の背丈ほどの体に、深紅の鱗。くるんとした尾と、少し大きめの目が特徴。
口元はいつもゆるんでいて、なんだか見ているだけで気が抜ける。
「でも、外交って、しゃべりすぎると……」
トアルコが控えめに言いかけたときにはもう遅い。
「まかせて! “みんなしあわせ”って話、バッチリ伝えてくる!」
その日、北方王国からの使者を迎える会談が行われていた。
トアルコは準備中、厨房でサンドイッチをこしらえていた。
「……やっぱり、ハムは多めがいいかな……」
やさしく微笑みながら、せっせと盛り付けをしていた――そのとき。
「“魔王が平和を望んでる”って、ぼくが言ってましたって伝えといて!
ぜったい、もう争いとかダメだから! みんな仲良くなるべきだからー!」
……応接室から聞こえる声に、手が止まる。
「……ま、まさか……」
数時間後。
北方王国からの文書が魔王城に届いた。
『魔王が“世界にしあわせを強要しようとしている”との報せ、確認済み。 我が国はこの思想に対して断固抗議する』
「…………パクパクさあぁぁぁん」
トアルコがそっと額を抑えた。
翌日。
トアルコは一行を率いて、北方王国の王城へ謝罪訪問に赴く。
彼の服はいつもより丁寧に整えられ、手にはお詫びの手紙と手作りの焼き菓子。
「僕は……命令も支配もしません。
誰も不幸にならなければ、いいって……ただ、それだけで……」
広間の空気は張り詰めていた。
玉座から見下ろす若き王子――エルグ・アスティアは、トアルコをまっすぐに見据えて問う。
「貴様、“しあわせ”をどう定義している?」
「えっ……」
しどろもどろになるトアルコ。
「しあわせは……定義じゃなくて……えっと、誰かの、うれしい顔を見て……あっ、いや、でもそれって……」
言葉が迷子になる。
だが――
「…………ふむ」
エルグは少しだけ目を伏せ、静かに言った。
「貴様、嘘はついていない。……ならば、我が国は一度“対話の姿勢”を保つ。
だが誤解を招く発言は、再び繰り返すな」
帰り道、トアルコはふらふらと歩いていた。
「うぅ……怖かったぁ……」
横を歩くパクパクがにへらっと笑う。
「でもでも、ちゃんと謝れたじゃん。トアルコって、魔王なのに人間っぽいよね!」
「うう……褒められてる……のかな……?」
リゼは小さく笑った。
「“しゃべりすぎの竜”と“謝りすぎの魔王”。いいコンビだよ」
こうして、“戦わない魔王”は各国から“話せる存在”として少しずつ認識され始めた。