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第4話:勇者、現る
魔王城の空に、銀の矢のような光が走った。
「……来たか」
ゲルダが呟いたとき、上空から降り立ったのは、赤と薄緑の装束に身を包んだ少女――アルル・ヴィノエ。
背丈はトアルコと同じくらい。
真っすぐな金髪を高く縛り、背中に一振りの細身剣。
澄んだ緑の瞳には、信念の強さが宿っていた。
「選定騎士団所属、アルル・ヴィノエ。魔王認定者、トアルコ・ネルン。討伐のために来た」
彼女はそう言うなり、剣を抜いた。
「ちょ、ちょっと待って!? 話せばきっと、わかってもらえると思うんですけど……!」
トアルコは両手をばたばたと振りながら、後ずさる。
「僕、戦いたくなくて……えっと、誰かを傷つけるのは、できれば……できればずっと避けて生きていきたいっていうか……!」
「……魔王なのに?」
アルルの剣が止まった。
「……それ、本気で言ってる?」
トアルコは必死に頷いた。
「はい! できることなら、ずっと花とか、パンとか焼いていたいです!」
「パン……?」
「手作りが好きなんです。あっ、バター多めのサクサク系も作れます!」
剣を握るアルルの手が、一瞬だけ力を失う。
「……バカみたい。でも、あなたを“魔王”として認識しているのは、私じゃなくて……世界よ」
彼女は剣を収め、言った。
「だから私は、“あなたが危険かどうか”を監視しに来る」
「えっ……来るって……ここに?」
「ええ。魔王城に、住み込むわ」
リゼ「……厄介な客が増えたね」
ゲルダ「また空気が変わるぞ。面白くなってきた」
その夜。トアルコは手作りのパンを振る舞った。
「よかったら、これ……バター多めの、焼きたてです」
「……仕方ないから、試食。毒見でもあるし」
アルルはそっと一口かじる。
「……なにこれ、おいしいじゃない」
「……よかった……」
トアルコは心底ほっとしたように、笑った。
こうして“勇者”は、魔王城に棲みつくことになった。
剣を抜かずに暮らす彼女と、戦わない魔王との不思議な共同生活が始まる。