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#ワンナイトラブ
おまる
カフェでの一件以降、社内での柏木の立場は目に見えて悪くなっていた。
徹が人事部に提出した「柏木によるデータ改ざんの証拠」が受理され、彼は厳しい追及を受けることになったからだ。
「……結衣、本当になにもされてない?」
ランチタイム、会社の屋上で徹さんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「はい。徹さんがすぐに来てくれましたから。それに……柏木さんの言葉よりも、私が隣で見てきた徹さんの方が、ずっと信じられます」
私が笑って答えると、徹さんは安心したようにふにゃりと眉を下げた。
仕事中の「完璧なエース」の顔とは違う、私だけに向けられるこの表情が、私はたまらなく好きだ。
「結衣にそう言ってもらえると、今までの努力が全部報われた気がするよ。……一年前、君を見つけた俺の目に狂いはなかったって」
徹さんは私の手をとり、指先に優しく触れた。
「これからは、もう君を不安にさせるような影は近づけない。俺が、一生君の隣にいるから」
その温かな誓いに胸がいっぱいになっていると、屋上のドアが勢いよく開いた。
現れたのは、ひどくやつれた様子の柏木だった。
「……高橋。お前、よくも俺をここまで追い詰めてくれたな」
「柏木…何の用だ、自業自得だろ。お前が結衣を巻き込もうとしなければ、俺もここまで強硬な手段は取らなかった」
徹さんの声は冷ややかだが
そこにはかつてのライバルに対する、一抹の哀れみも混じっているように見えた。
「……愛だの信頼だの、反吐が出る。俺は、お前のその『正義の味方』みたいな面を剥ぎ取ってやりたかっただけだ……!」
柏木が自棄になったように詰め寄ろうとした、その時。
徹さんは一歩も引かず、むしろ私を背中に隠すようにして前に出た。
「剥ぎ取れるものならやってみろ。俺の根底にあるのは、結衣への愛だ。それは、お前がどんなに汚い手を尽くしても、決して汚せるものじゃない」
徹さんの背中は、広くて、とても頼もしい。
柏木はその圧倒的な「本物」の気圧され、力なく膝をついた。
柏木さんが床に崩れ落ちた姿を見届けて、徹さんが振り返る。その横顔には先ほどの凛々しさとは違う、私だけに向けられた柔らかな微笑みがあった。
「行こうか、結衣」
差し伸べられた大きな手に自分の手を重ねる。徹さんは私を優しく引き寄せ、まるで壊れ物を扱うようにそっと肩を抱いてくれた。
屋上から階段へ続くドアを開けると、外の空気が冷たく頬を撫でた。
でも心の中は春の陽だまりのように暖かい。
オフィスフロアの一角まで降り、人通りの少ない自販機の前に移動した。
彼は私に向き直ると、今度は子供が甘えるように、私を抱きしめるように肩に頭を埋めてきた。
「……結衣。かっこつけるようなこと言ったけど、俺も必死だったんだ。君に嫌われたらどうしようって、心臓が止まりそうだった」
「…徹さん。そんなところも、私、大好きですよ」
私は徹さんの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。
嵐は去り、窓から見える空はどこまでも高く、澄み渡っていた。
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