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ゆう
75
白井 あま 👾
204
第二話 初めて、話した
「……春樹さんに、話したいことがあります」
その言葉が口から出た瞬間。
結衣自身が、一番驚いていた。
夕方の土屋家。
葉月と直人は買い物に出ていて、家にいるのは結衣と春樹だけ。
リビングには、静かな時間が流れていた。
春樹は読んでいた本を閉じる。
「うん」
「……聞いてくれますか」
「もちろん」
結衣は膝の上で手を握った。
指先が冷たい。
何度も話そうと思った。
けれど、そのたびに怖くなった。
知られたら、嫌われる。
知られたら、可哀想な人を見る目で見られる。
知られたら――。
「……私」
声が震える。
「昔から、αが苦手なんです」
「うん」
「でも……ただ苦手なだけじゃなくて」
春樹は何も言わない。
結衣が自分から話すのを待っている。
「子どもの頃……父から、私が望んでいないことをされました」
春樹の表情がわずかに曇った。
けれど、口を挟まない。
「そのせいで……ずっと、αっていう存在そのものが怖くなって」
結衣は一度、目を閉じた。
「小6の時同級生に無理矢理犯されて………」
春樹の指が、ほんの少し動いた。
でも。
何も聞かなかった。
「……妊娠した、。私が望んだ妊娠じゃありませんでした」
結衣の声が小さくなる。
「高校生でもαにいじめられました。」
「だけど……生まれてきた子たちのことは、絶対に嫌いになれなかった」
ゆみ。
ゆいと。
二人の顔が浮かぶ。
「今は、あの子たちが私の大切な子どもです」
「うん」
「でも……」
結衣は俯いた。
「昔のことを思い出すと、今でもαの事が怖くなるんです」
春樹が静かに息を吐いた。
「……話してくれて、ありがとう」
その一言だった。
結衣は顔を上げた。
「それだけ?」
「それだけって?」
「もっと……何か言うと思ってました」
「例えば?」
「可哀想とか」
「言わないよ」
「……どうして?」
春樹は少し考えてから答えた。
「結衣が可哀想なだけの人じゃないから」
「……」
「医者を目指して、大学で勉強して。子どもたちを育てて。料理して、手芸して。毎日ちゃんと生きてる」
春樹は結衣を見る。
「過去のことで、結衣の全部を決めたくない」
結衣の目から、一粒だけ涙が落ちた。
「……ずるい」
「何が?」
「そういうこと言うの」
「ごめん」
「謝らないで」
結衣は涙を拭った。
「……もっと、嫌いでいたかった」
春樹は黙った。
「春樹さんのこと」
「うん」
「ずっと、αだから嫌いって思ってたかった」
「……うん」
「でも……」
結衣は震える声で言った。
「春樹さんは、私が嫌がることをしない」
「……」
「私が離れたら追いかけない」
「うん」
「話したくないことを聞かない」
「うん」
「……なのに、ずっとそばにいてくれる」
結衣は涙を拭いながら笑った。
「だから……困ってる」
春樹も少しだけ笑った。
「じゃあ、困ったままでいいんじゃない?」
「……またそれ」
「急いで答えを出さなくていいから」
その言葉に。
結衣は、初めて自分から手を伸ばした。
春樹の袖を、ほんの少しだけ掴む。
「……もう少しだけ」
「うん?」
「ここにいて」
春樹は答えた。
「もちろん」
♡よろしくお願いします。
コメント
1件
うわ……第2話、めちゃくちゃ刺さった……。結衣が重い過去を打ち明けるシーン、読んでてこっちまで息止めた。春樹の「可哀想なだけの人じゃない」って返しが本当に良かった。決めつけない、同情しない、隣でただ受け止める。あれは反則だわ。「もっと嫌いでいたかった」って結衣の揺れる気持ちも切なくて、最後に袖を掴むところでうるっときた。続き気になります🔥