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ゲームのレーボリッヒ村は、元々大陸の西のほうにあった小さな村という設定だ。
農耕や牧畜が盛んであり、そこまで裕福ではないものの、人々は衣食住に困ることなく平穏に日々を暮らしていた。
しかし約3年前から突然、村周辺に強力な魔物が出現するようになった。
直接的な被害はそこまで無かったため、村の大人達はその動向を見守りつつ、これまで通りの生活を続けていたのだが……半年前、それまで青かった空が急に真っ暗になったかと思うと。
響き渡る魔王の声と轟音と共に、村から目視できる場所へと魔王城が出現。
そしてレーボリッヒ村には、家よりも大きな魔物が現れた。
黒く濃い霧に包まれたようなその魔物は、鬼のような形相で叫びながら、建物だろうが木だろうが目に入った全てを、その長い爪で切り裂き破壊していく。
その姿に恐れおののいた村の人々は、手近な物と家族の手だけを掴んで一目散に逃げ出したのだ。
幸い魔物の攻撃リーチが短く動きが遅かったことや、村人達が下手に魔物を撃退しようとせず、とにかく命を守るべく逃走に徹したことから、全員が無事に近くの大きな街へと逃げ込むことができた。
だがほぼ身一つの状態の上、逃げ込んだ先の街も魔王城に近いため、いつまた襲われるか分からない。
よって村人達が一念発起し、全員で大陸の東の方へ引っ越して作ったのが、この新たなレーボリッヒ村というわけだ。
ゲーム開始時には既に引っ越しが終わっており、ちょうど現在の俺達が目にしているような光景を確認可能である。
なおゲームにおいてはレーボリッヒ村で特にイベントがあるわけでも、凄いアイテムが手に入るわけでもないが、訪れて村人達に話しかけると、かつての村についてや逃げ出した時の様子を聞くことができる。
そのためプレイヤー達の間では「開発者がこの村を設置したのは、あくまで魔王の恐ろしさを演出するためという意図ではないか」と言われていた。
街道を歩いている最中に、俺がレーボリッヒ村についてテオに色々聞いたところ、新たな事実が判明した。
それはレーボリッヒ村の村長から依頼クエストを受けて引っ越しを手伝った冒険者がテオだったということだ。
1年半ほど前から、テオはその周辺の魔物を倒すべく結成された討伐隊へ参加していた。
だが魔物達が徐々に強くなるにつれて、自分の実力不足が他の隊員の足を引っ張ってしまうことが何度かあった。
そして半年前の魔王出現時、魔物達が急激に狂暴化したのをきっかけに、テオは討伐隊から脱退。
そんな折に訪れた冒険者ギルドにて、レーボリッヒ村の村長が出したクエストをたまたま見て、それを受けることに決めたのだという。
村長夫婦の家は、村の端のほうに建っていた。
テオが挨拶がてら手土産を渡すと、村長夫婦は大変喜び、そのまま夕飯をご馳走になることに。
食事中は主にテオと村長が喋り、俺と村長の妻の2人は聞き役に回っていた。
「いや~、あの時はテオ殿がクエストを引き受けてくださって、本当に助かりましたわい。この村の大人共じゃ魔物とはそこそこ戦えても、村からほとんど出た事ない者ばかりでね……やはり旅慣れた冒険者のテオ殿がついてきてくださったおかげで、こうして何とか引っ越せたと思うわけですよ」
そう言うのは、腰の曲がった細身の老人。
年は取ってもまだまだ元気そうな彼が、このレーボリッヒ村の村長なのである。
「本当にそうですよ……ワシらの手持ちじゃ大した報酬は出せないというのに……」
村長の言葉にうなずくのは、穏やかそうな彼の妻。
テオは話を変えるように言う。
「いやいや、俺もたまたま大陸の東のほうに行く予定で、そのついでだったんだって! 全然気にしなくていいからね? それより村の周りの柵、完成したんだなっ」
それを聞いて、嬉しそうに答える村長。
「そうなんですよ! 村の若い者が頑張ってくれての……まずは急ごしらえだが、これから様子を見つつ、もっと丈夫になるよう作り変えてくれるとか」
「頼もしいねー。ここに来た時は何も無かったのに」
「最初はどうなることかと思ったんですが、ほんに皆のおかげです」
「畑の方は最近どう?」
「少しずつですが広げております。この辺りは元々土が豊かなようで、植えてみた野菜も上手く育っとるようですわい」
「なら良かった!」
村長の話によると、村人は30名ほど。
若い男性達が大工仕事や狩猟を担当。
村長はじめ老人や女性や子供達が畑仕事や果物の採集を担当というように手分けをして、少しずつ村を整備したり、日々の食料を調達したりしているらしい。
なお周辺の森では食べられる木の実や果物が豊富で、野生動物も獲れるため、今のところ選り好みさえしなければ、食料にはあまり困っていないのだそうだ。
この日の食卓は、茹でた芋、野菜のスープ、それに挽肉をこねて焼いたハンバーグのようなもの。
そのほとんどが森で手に入れた野生の食材なのだと言う。
シンプルなメニューだが味は美味しく、また量はそれなりにあったので、俺もテオもしっかりとお腹一杯になった。
「今は生きていくだけで精一杯ではありますが……そのうち余裕ができたら、また昔みたいに牛や豚や羊なんかを飼って、色々作りたいもんですな!」
「えぇ……うちの村の名物の腸詰料理、いつかまた食べましょうね」
そんなことを言いながら、老夫婦は笑い合うのだった。
しばらく経つと、「テオが来てるんだって?」「私もテオの歌、聴きたいわ!」などと村人達がちらほらやってきた。
どうやらはしゃいだ子供達が、村中の家に知らせて回ったらしい。
最初のうちは村長宅の前にて楽しく喋っていたのだが、思った以上に人が集まってきてしまったため、村長らと相談した結果、急きょ村の真ん中にある広場に席を設けることになった。
急いで駆けだす子供達を先頭に、村人達は準備のため各自の家へと戻る。
数十分後。
広場には30名ほどの村人全員が集まった。
それぞれ家から持ち寄った色んな物を嬉しそうに並べ、会場を作っていく。
テオは「演奏の支度があるから」と1人で離れた場所に陣取り、残された俺は村人達を手伝った。
準備が終わると村人達は敷物に腰かけては思い思いに喋って笑い、そのざわめきが賑やかに響く。
俺も村人の輪の隅へと座りのんびりと待つことにする。
日もすっかり落ち、雲ひとつない夜空には星が散らばっている。
昼間の暖かさとは打って変わって、涼しく澄み渡る空気が心地よい。
そしてところどころに置かれたカンテラのような形の火の魔導具が、テオの演奏を心待ちにする皆の様子を、うっすらと照らし出していた。
「テオの歌か……」
詩や曲を作り歌い奏で続ける者に与えられる称号『吟遊詩人』を持つテオ。
彼が本気で歌っている姿を、“この世界に来てから”俺はまだ見たことがない。
「……そういえば新曲をお披露目とか言ってたな。どんな曲だろ」
取り留めもなくぼんやり考えごとをしていたところ。
ようやく支度を終えたテオが、花のような透かし模様がお洒落に刻まれたリュートを抱え、会場へと姿を見せた。
村人達は口々に「よっ!」「待ってました!」と盛り上がる。
子供達はテオの元へと駆け寄ると、その手を引いて木箱で作った即席のステージへと案内した。
案内を終えた子供達が席に戻るのを待ってから、テオは皆へと呼びかける。
「じゃあみんな。いつも通り、明かり消してくれる?」
幾人かの村人が火の魔導具へ手を伸ばす。
全ての明かりが消える頃には、いつの間にか会場は静まり返っていた。
辺りは真っ暗で、ただ満点の星空だけが広がる。
無言のままじっと待つ俺と村人達。
突然、辺りが優しい光で包まれた。
「……!!」
一瞬にして止まる俺の息。
ほんのり青みがかかった沢山の光の粒が、きらきらと瞬きながら、ふわふわ空中を漂う光景。
それはまるで。
輝くダイヤが一杯詰まった宝石箱を、ひっくり返してしまったかのようにも。
いつのまにやら、煌めく星空の中に飛び込んでしまったかのようにも。
可愛らしい妖精達が、優雅にひらひらワルツを舞い踊っているようにも。
幻想的な眺めの真ん中にいるのは、ステージ上のテオ。
彼は一呼吸おいてから、おもむろにリュートを奏で始める。
柔らかで、どこか懐かしい。そんな前奏に聴き入る聴衆達。
そして……テオは、ゆっくりと歌い出す。
昔々その昔 500年も前のこと
今と変わらずこの地には 様々な者が住んでいた
生ける者も魔の者も 共に平和に暮らせし頃
西の果てへと現れたのは 魔王と名乗りし悪しき者
魔王は闇を統べし者 そして破滅を求めし者
この地を破滅へ導くべく 全てを闇で覆わんと
闇に飲まれし魔の者は 我を忘れて暴れ狂い
力を持たぬ弱き者は 何も出来ずに逃げ惑う
生きとし生ける全ての者が 暗き絶望へ包まれし時
遥か彼方の遠き地より 一筋の希望が舞い降りた
神が遣わし その希望
闇に抗えし 無二の希望
誰からともなく こう呼んだ
勇ましき者 すなわち勇者と
勇者は光に愛されし者 そして平和を望みし者
この地を破滅より救うべく 全ての闇を祓わんと
光を浴びし魔の者は 優しき心を思い出し
闇祓われし国や街は 再び自由を手に入れた
勇者は苦難を乗り越えて 西の果てへと辿り着き
光輝く剣ふるいて 闇の魔王に打ち勝った
闇 統べし者が 去りし時
世界へ光が降り注ぎて
この地を覆いし闇を消し去り
全ては かつての姿へと
演奏が終わり、静寂が辺りを包む。
やがて1人が拍手を始めると、我も我もと皆が加わり、盛大な喝采へと変わる。
笑顔で深々と一礼するテオ。
人々の喝采は、しばらく鳴り止むことが無かった。
火の魔導具の明かりが再び灯されても、村人達の興奮は冷めやらず。
ここで待ってましたとばかりに、村長が大きな酒瓶2本――テオの手土産――を取り出すと、自然に宴会が始まった。
幾人かが家に帰り、追加の酒やら、酒のつまみにぴったりな塩気のきいた干し肉やら炒った木の実やら、子供達が食べる用の果物やらを持参。
テオは子供達に囲まれ、彼らが疲れて寝てしまうと、今度は代わる代わるやってくる大人達に囲まれる。
俺は村の大人達に交じり、ちびちびと酒を飲みつつ世間話に花を咲かせた。
宴会がお開きになった深夜。
村人達がそれぞれの家に帰ると、それまでの賑やかさとは打って変わり、広場は静かになった。
俺とテオは村長の許可を得て、村の広場にテントを設営。
中へ入り一息ついたところで、テオがたずねる。
「……」
あくまでゲーム内では、街角で歌うテオの姿を何度も見かけていた。
この世界に来てから初めて聴いたテオの歌は、歌詞もメロディーも、何となく覚えているゲームのものとほぼ同じだった。
だけど実際に生で聴いてみると、ゲームのそれとは全然違って。
音楽には詳しくないし、上手くは表現できないけど……。
そんなことを思いつつ、そのまま伝えるのも何だか照れくさかった俺。
ちょっと考えてから、ボソッと言った。
「……よかったよ」
その答えを聞いたテオは、黙ってニッと笑ったのだった。