眼下には蠢く魔物の群れ。空の上にはグリフォンたち。
今から地上に降ろしてもらうために高度を下げようとすれば、激しい魔法攻撃に晒されると共にグリフォンから追撃を受けることになる。
かといってこのまま後ろに乗っているままでは、時間的にも戦力的にも厳しくなってしまう。
だから――。
「ここから飛び降ります!」
「バカなことを言わないでください!」
ここから飛び降りてノドカの風魔法で減速してもらうのが最良の選択だろうか。それくらいなら、風の結界の制御を維持したまま地上まで降りられるはずだ。
……いや、それだと結局地上に降りた後の相手に対処しきれなくなるか。
ならゆっくりと降下しつつみんなに地上の敵の数を減らしてもらうのが正解か。
でも、下手に上空に留まったままだとグリフォンに狙われるかもしれない。
――駄目だ。もっと広い視野で考えるんだ。
私たちにあるのは魔力だけじゃない。
精霊の力、女神の力、その残渣であるマナだってある。
……そうだ、調和の魔力。
他者の魔力を強化することや、みんなの精霊の力の補助だってできた。
でも今までの使い方は調和の魔力というよりも同調の魔力と言った方がいいだろう。私の魔力をみんなに合わせていたのだから。
だがそれがこの力の本質ではないはずだ。
私はファーガルド大森林で魔素を浄化するためにみんなの持つ精霊の力と私の持つ女神の力を繋げた。その結果、魔素の淀みの浄化という女神の力が持つ性質を精霊の力にも与えることができた。
そのことから考えると、繋げる力こそが調和の魔力の本質だということが分かる。
魔力、マナ、精霊の力を持つみんなは強い。
ならそこに女神の力も加える……いや、私の持つ全ての力とみんなの持つ全ての力を調和させることができれば、どれほどの力となるだろうか。
分からない。どうなるか分からないし、できるかも分からない。
でも、それが可能性を信じるということなんだ。
「信じて、みんな!」
「な、なにを!?」
散開を始めて間に合わなくなる前に、私は飛竜の背中から身を投げた。
騎士たちの叫ぶ声が聞こえるがどうでもいい。
冷たい風に晒されながら身体が落ちていく中で私は目を瞑り、ずっとあの子たちのことを考えていた。
そんな私の両手が温もりに包まれる。
――ああ、来てくれた。
周りを見れば、ゆっくりと降下していることが分かる。ちゃんとノドカが減速させてくれたらしい。
「こんの、バカぁ! ノドカが間に合わなかったらどうするつもりだったのよっ!」
「おかしくなったの!? 死ぬつもりなの!?」
私の手を掴んでいるヒバナとシズクに叱られる。酷い言い草だ。
でも本当に少しおかしくなっていたのかもしれない。こんなの自殺行為だ。打ち合わせも何もせずに飛び降りるなんて。
とはいえそんな時間はなかったし、みんなならすぐに対応してくれると信じていたのだ。
2人の温かい手を握り返す。
「マスター!」
「主様! 本当にドキッとしたんだからね!」
「間に合って~よかった~……!」
「……ますたーは無謀……!」
嬉しい、こんなバカな私を信じて付いて来てくれたことが。
みんな、飛竜から飛び降りて今はゆっくりと降下している。でも、あまり時間はない。
上では私たちの無事を確認した竜騎士団の騎士たちがグリフォンとの戦闘を開始した。
そして下からは魔法による対空砲火。それはノドカが防いでくれているが、いつまでも悠長にしてはいられない。
握った手に力を込める。
――考えている調和の力の使い方、今ここで成功させないと。
「ねぇ、2人の全部を私に委ねて」
「――え?」
「調和の力で私と2人の全てを繋ぐ。そうすればきっとすごい力になるよ」
今の私が持つ力だと全員の力を調和させることは難しいと思う。
でも誰かの力と自分の力を調和させることができるくらいには成長しているつもりだ。
調和の魔力が持つ性質は決して力と同化し増幅させるだけのものではない。力同士を結び付ける懸け橋にだってなる。
初めての試みがヒバナとシズクで2人分なのは少し大変だと思うけど、2人の力の性質はそっくりだ。
だから、きっと上手くいく。
「……いいわ。私とシズの全てを託す」
「だからユウヒちゃんの力もあたしたちに託してね」
「ありがとう、ヒバナ、シズク」
私は調和の魔力を使い始める。
今回、調和させるのは私の持つ力全てと彼女たちが持つ全ての力。それら3人の全てを魔力で包み込み、繋げていく。
力の奔流。
全てが混ざり合うけど、ぐちゃぐちゃにはならないように。
私の中に温かい力が入り込んできて、全てが結びつく。自分の中に苛烈な炎と迸る水の流れを感じることができる。
この時、私たちの体は文字通り1つとなった。
「【ハーモニック・アンサンブル】――トリオ・ハーモニクス」
頭に思い浮かんだ言葉を口にし、目を開くと唖然としたコウカたちの顔が見える。自分の姿も少しだけ変わっているようだ。
視界に映る髪の色が薄紫色になっている。服も2人が着ていたようなローブを羽織っており、頭の上には三角帽子だってある。この調子だと目の色も変わっているのだろう。
それにしてもすごく不思議な感覚だ。元は自分の力じゃないはずなのに自分の物のように扱える。
右手と左手にそれぞれ、火と水の球を生み出す。
本当に昔から慣れ親しんできたかのように扱える。
『当り前よ。私たちは1つになっているんだから』
『1つになるって不思議な感覚……』
自分の意識が拡張して、3つに分割されたかのような不思議な感じで少し面白い。
でもこの意識は少し調整しておこう。ヒバナとシズクがまるで自分であるかのように感じられるのはやりすぎだ。
調和と同調は違う。
――今の私たちは3人で1つなんだ。1人になってしまっては意味がない。
『調整ご苦労様。でもごちゃごちゃ考える前に今は状況の打開よ』
『あたしたちがやらないといけないこと、忘れちゃだめだよ』
そうだ。私たちにはやらないといけないことがあったんだ。
「来て、フォルティア! フィデス!」
私は《ストレージ》に収納されていた2つの霊器“フォルティア”と“フィデス”を呼び出す。
私の右手に赤い石が輝く杖フォルティアが、左手に青い石が輝くフィデスが現れた。
――よかった。ちゃんとこの子たちは私でも扱うことができるらしい。
『そのままあたしたちに委ねていてね』
『魔法を放つ感覚がどういうものかをユウヒに教えてあげるわ!』
私は1対の杖で同時に魔法術式を構築する。
彼女たちが培ってきた技能が自分の技能であるかのように使えるし、ヒバナとシズクの意識も魔法制御をサポートしてくれる。
多分、十分な力を蓄えているこの状態なら眷属スキルも負担なく使えるのではないだろうか。試しに使用してみると、やはり使用時に掛かっていた私への負担がなくなっている。
今の状態だと制限なく眷属スキルが使えるというわけだ。なら、使わない理由はない。
「【デュアル・ランス】……行って!」
【ブレイズ・ランス】と【アビス・ランス】という2種類の他属性魔法を併用する。
自分の中に渦巻く力は、私の予想した通りに凄まじい相互作用を生み出してくれているらしい。
綺麗なコントラストを描く槍たちはまるで雨のように地上に降り注いでいく。
魔法の槍は放つごとに大きくなり、その数を増やしていった。
これが眷属スキルを使用しながら魔法を撃つ感覚なのだ。脅威であった魔物たちもこの力の前には簡単に倒れていってしまう。
私が戦えているのだという高揚感が心を満たしてくれていた。
『少し落ち着きなさい』
『もう少し冷静に……だよ?』
おっと危ない。これでは力に溺れてしまったみたいではないか。
――やるべきことを忘れないように、だよね。
大方、ここから見える範囲にいる魔物は片付いた。
ノドカの魔法によって、ゆっくりとだが降下は続けており。あと1分もすれば勝手に地上へと辿り着くだろう。
このまま降下するつもりだが、その前にやることがある。
私は空の上に杖を向けた。
カーティスさんたちは黒いグリフォン相手に健闘している。軟な鍛え方をしていないとは本当のことだったようだ。
でも戦況が厳しそうだから、助けるべきだろう。
今の状態ならいくらグリフォンが素早い動きをしたとしても、圧倒的な弾幕という物量で対抗すれば避けきれないはずだ。
――そう思っていたのだが。
『待って、魔力残量も気にしないと』
『今のあたしたち、すごい勢いで魔力を消費してるよ』
まずい。瞬時に凄まじい力を発揮できると言っても、魔力量自体は有限だ。
今の私たちは瞬間的に発揮できる力はグンと伸びているのに対し、燃費は最悪となっているのだ。
この魔泉の異変を治めた後もあと2箇所の魔泉に対処しなければならない。ここであまり魔力を使うのは得策ではないだろう。
なら、どうすればいいのだろうか。
『確実に1発ずつで仕留めていくのよ』
『今までは機会がなかったけど、フィデスとフォルティアは1本の杖としても使えるんだよ』
彼女たちがそう言うと、私の頭の中にフォルティアとフィデスに関する知識が浮かんできた。
この2本の杖にはいわゆる連結機構があって、どちらかに制御機能を集約できるらしい。
つまり連結中は火か水のどちらか片方しか使えなくなる代わりに、倍の魔力制御能力で魔法を使えるようになるということだ。
なるほど、ならやってみようか。
「――フォルティデス」
2本の杖が連結できるように変形する。シズクの杖フィデスにヒバナの杖フォルティアがくっついた。
1本で1メートルくらいの長さを持つ杖だったので、連結すると単純に2メートル近い杖となる。
脇で抱えるように保持することになるのだが、取り回しにくくなったため、本当に固定砲台のような運用方法になるかもしれない。
現在のこの杖は“フォルティデス”という状態で、この状態なら水魔法が使えない代わりに火魔法が使える。
その逆の状態は“フィデルティア”というのだが、今回は純粋に攻撃能力に優れていそうな火魔法を使うことにした。
『《クレッシェンド》のスキルで威力が強化されている状態よ。後は避けられないスピードで撃つだけ』
『あたしたちが制御するから、ユウヒちゃんは狙いをお願い』
気分は狙撃手といったところか。
スキルの助けもあり、魔法術式の構築自体はすぐに終わる。とても複雑な魔法陣だが、ヒバナとシズクが共同で作り上げただけはある。
狙撃なんてやったこともないが、外した時はその時だ。お試し感覚で撃ってみよう。
――杖の先端が飛び回るグリフォンを捉える。
「【フレイム・バレット】」
その瞬間、杖の先端から光が膨れ上がり、熱を感じたかと思えば一筋の赤い光がグリフォンの胴体を撃ち抜いていた。
――あれ、当たった。
複雑な術式だけあって、弾速にも優れているからすごく当てやすい。狙った場所に敵がいれば、この距離なら確実に当たる。
シズクの眷属スキルのおかげもあり、すぐさま次の魔法の準備が完了し、次のグリフォンに狙いを付けて発射――命中。
その後も順調に撃ち落とし続け、きっちり6発で全てのグリフォンを仕留め切った。
私、もしかして狙いを付ける才能があるのかも。
『あなたって結構多才よね。これに関してはさすがに意外だったけど、助かったわ』
『あたしもあと30発は必要だと思ってたよ』
何はともあれ、無事に空中の敵は掃討できた。
カーティスさんたちが集結し、私たちの方に向かってくる。
あとは地上の魔物に注意しながら魔素鎮めを終わらせるだけだ。
「あの……主様、だよね?」
「えっ? あ、うん。そうだよ」
「マスターからヒバナとシズクの力を感じます。どうなっているんですか?」
一息ついた所で、ずっと困惑しながら私の戦う様子を見ていたみんなが声を掛けてきた。
何の説明もされていないコウカたちからしたら、ヒバナとシズクは消えるし、私の見た目が変わって戦い始めたしで確かに意味不明な状況だろう。
取り敢えずヒバナとシズクは私の中にいるということやこの状態について、地上に降りながら説明する。
あと燃費がすごく悪いことについてもだ。
今の状態でいるのも常に魔力を消費しているので、解除しようとすると私の体の中から白い光が2つ現れ、そこからヒバナとシズクが出てくる。
そしてそれに伴い私の姿も元に戻った。
ちゃんと解除できなかったらどうしようかと思っていたが、何も問題はないようだ。
「お姉さまの力~すごい~」
「うんうん! 魔力をたくさん消費しちゃうならずっとは使えないけど、そこはボクたちがいるもんね!」
できるだけ温存は必要だがこの力を使いこなすことができれば、これからも旅ももっと楽になるはずだ。
「あの……それってわたしともできるんでしょうか?」
私のハーモニクスに関する説明を聞きながらずっと難しい顔をしていたコウカがそんなことを口にした。
私としても気になるところだったので試してみたのだが、上手くいかない。やはり力の水準がある程度に達していないとそこまでの力を発揮できないということなのだろうか。
コウカは「そうですか……」と肩を落としていたが、進化すればきっとできるようになるので、あまり気を落とさないでほしい。
多分ノドカとは可能ではあるがそれは後回しにして、いい加減魔素鎮めを終わらせたい。
地上に降り立った私たちはすぐさま魔素鎮めを開始しようとする。
その間、竜騎士団は上空から魔物が近付いてこないか監視をしてくれるらしい。
【ハーモニック・アンサンブル】を使ったことで、調和の魔力の使い方が上手くなったのか、スムーズに魔素の淀みも浄化できる。
結果として、30分ほどで完全にこの魔泉の異変は終息した。
気付けば私たちが魔素鎮めをしている間、黒いワイバーンと戦うために別行動をとっていた竜騎士団も合流を果たしていた。
数名、負傷したため街に返されたそうだが死者は無しということでホッと息を吐く。
「アリアケ様、本当に肝を冷やしましたよ」
「すみません。勝手に飛び降りてしまって」
カーティスさんからの非難の言葉を甘んじて受け入れる。
ちゃんと大丈夫だと伝えてから降りられたらよかったんだけど、切羽詰まっていたから少し仕方のない部分はあったと思う。
彼はため息をつきながらも、飛竜の上に私を引っ張り上げてくれる。
「お疲れでしょうし、少しの間だけでもお休みください」
「ありがとうございます」
この場所のスタンピードは未然に防げたが、あと2箇所だ。
予断を許さない状況とはいえ、移動の間は休めるのがありがたい。
今はゆっくりと英気を養っておこう。
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