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『孔雀は復讐を囁く』
灰色のコンクリート。囲われた冷たい壁。
街から離れた、暗い廃墟。
蒸し暑い八月。雨が降っている。
サーッ、と雨のノイズ。
ボツボツと屋根から滴る水滴が、一定のリズムで響く。
ジャラ……。
地面を擦る金属音。
手足は鎖で繋がれ、口元にはガムテープ。
あぐらで座るのがやっとな、短い拘束。
目から頬へ血が伝う。
片目はもう見えない。
この部屋には、俺しかいない。
――カツ……カツ……。
不気味な足音が、ゆっくりと近づいてくる。
来た。アイツだ。
「……よう。そろそろ吐く気になったか?」
嫌に低い、耳障りな声。
扉のない入口の向こうから響いてくる。
「んー。」
ガムテープを貼られてるんだ。喋れるわけがねえ。
カツ……カツ……。
足音が、すぐ目の前で止まる。
ガッ。
「……なんだァ、その目。まだ反抗する気か?」
男が顔を覗き込む。
もう片目しか残っていない。
それでも、こいつに屈する気はない。
「……はぁ。ほんと、反吐が出るなッ!」
ガンッ。
顔の横を蹴りが抉る。だが、首を傾けて避けていた。
「ちっ。見えてなくても避けれんのかよ。だりぃな。」
男は舌打ちし、壁際の机へ向かった。
「今日は何をする?指か?足か?それとも、
また目か?あひゃひゃひゃひゃっ!」
狂った笑い声。
カタッ、と器具を手に取る音。
――何度目かの拷問だ。
いい加減、この鎖を外したい。
――あいつを、殺すために。
「さてと。今日は歯を抜こう。……抜歯だ。虫歯を治すとき、よくやるだろう?」
男はケラケラと笑いながら近づいてくる。
カチャリ、と金属音。
手に握られていたのは、歯を引き抜くための鉗子だった。
ガムテープが外されるのか。
それなら好都合だ。
歯は鋭い。噛み付ける。
一瞬でも怯めば、その隙で――。
……まぁ、噛みつかなくても、俺なら“どうとでもなる”。
「噛み付こうなんて考えるんじゃないぞ? こいつで殴られたらいてぇーぞ?」
男は余裕の笑みを崩さない。
カチン、カチン。
鉗子の音が、廃墟に乾いた音を響かせる。
「さぁ、お前の醜い歯、ぜーんぶ抜いてあげるからね。見せてごらん……。」
ゆっくりと、ガムテープに手が伸びる。
ビリビリ、と剥がされる音。
俺は目を閉じた。
開いた口から、深く息を吸い込む。
そして――目を開く。
瞬きは、しない。
視線が、男と交わる。
その瞬間。
背後に、無数の“目”が開いた。
孔雀の尾羽のように広がるそれは、歪み、濁り、禍々しく揺れている。
『お前の目的はなんだ』
俺の声が、重なる。
「……お、おれ、は……」
男の口が動く。
――同時に、俺の口も動いていた。
まるで、同じ言葉をなぞるように。
「……ぼす、に……めいれい、されて……」
ひらがな混じりの、壊れた声。
意思はない。ただ、漏れ出しているだけだ。
『俺の家族を殺したのは、お前か?』
「……は、い……」
肯定。
胸の奥で、何かが軋む。
『そのボスはどこにいる』
「……ぼす、は……らい──」
パァンッ!
乾いた銃声が、廃墟に響いた。
男の頭が弾ける。
血を撒き散らし、そのまま崩れ落ちた。
俺は――瞬きをしてしまった。
背後の“目”が、消える。
孔雀の残像は、跡形もなく消え去った。
催眠が解ける。
……消されたか。
銃声のした方を見る。
そこには、もう誰もいなかった。
見張っていたのか。
こいつは知らなかった。
だが、撃った奴は――俺の異能を知っている。
それなのに、俺は殺されなかった。
理由は分からない。
ボスは誰なのか。
目的は何なのか。
分からないことだらけだ。
……それでも。
俺は、助かった。
足元に、鉗子が転がっている。
鎖を見下ろす。
――結菜。
あの日の泣き声が、耳に残っている。
待っていろ。
お兄ちゃんが――必ず、助けに行く。
これは孔雀と呼ばれた男の、始まりの物語。
――復讐は、もう“囁き始めている”。