story.3
……本調子じゃなかったせいか、朝の目覚めも最悪だった。
とりあえず、全く外に出る気にならない。
でも、これからのためにも、今日は部屋中の掃除をすることにした。
なにより「別の人を好きになった」と勝手に出て行った元カレの荷物が残っていることが許せない!
一年程元カレと暮らしてきた部屋の中には、一緒に使っていた物がいくつも残っている──
今朝スマホを見ると、別れてから初めてメッセージが入っていた。内容は「部屋の荷物のこと」だった。
「……本当に出ていくんだ。」
一方的な別れだったし、期待なんて一ミリもしていない。
まあ、アイツの性格上、らしいと言えばそうだけど、やはり自分勝手な連絡に腹が立った。
だけど、ほんの少しだけ、一人になった部屋に寂しさを感じた。
飲みの席での失敗──。
過去にも酒に飲まれた経験はあるけど、今まで他人に迷惑をかけたことは一度も無かった。
(どうしてあんなに飲んだんだ…。戻れるなら戻りたい……!)
石田に介抱された時の記憶が断片的にループし続けている。
胸の突っ掛かりを解消するためにも、アイツからの連絡をきっかけに、部屋を片付けることにした。
大失敗した夜を連想してしまう荷物を片付けてしまい、記憶に蓋をする。
それにしても……数日前まで付き合っていた相手の荷物をもう片付けるなんて──かなり冷たいよな。
でも、そんなことはわかってる。
所詮、俺のやろうとしてることなんて、ただの当てつけでしかない。
◇
アイツから『好きな人が出来た』と、言われた時は、言葉の意味が理解出来なかった。
「……何で?──」
声が震えてそれ以上は聞けなかった。
でもそれと同時に…
──またかこのパターンか
そう思った。
突然の別れが悲しいはずなのに、全てがどうでも良くなって「──もういいよ。わかった。」そう、答えてしまっていた……
部屋に一人きりになった夜、元カレに腹が立った…けど、一緒に暮らしていたのに、アイツの変化に気付けなかった自分にも腹が立った。
アイツとは半年前からセックスレスだった。でも、そうなった原因は、俺の仕事が忙しかったせいだと思う……
最後にしたのはいつだったっけ?大切に想っていたはずなのに、思いやりに欠けていたのかな……
だけど、何の相談もなしにマンションを出て行ったってことは、俺と同じ気持ちじゃなかったってことだと思った。
俺は本気で付き合っていると思っていたから、アイツのわがままな発言や態度も可愛いと思っていたし、何より家族として見ていた。
だから仕事が忙しくなった時のすれ違いの生活も、俺は全く気にならなかった。
でも、結果的にその考えは間違っていた──
俺の恋の結末はいつもこうだ。
一方的に好かれ、捨てられる。
一体、何が足りないんだろう──
それこそ飽きたら捨てられる玩具のように”幸せ”から一番遠い場所にいるように思えた。
(どうせ捨てるなら最初から付き合いたいとか言うんじゃねーよ!!どいつもこいつも、俺がめちゃくちゃ好きになってからフってくるし、もう金輪際、誰とも付き合わねーわ!!)
アイツの荷物をまとめながら徐々にイラついていた。
「だいぶ片付いてきた。あとはいらない物を捨てるだけだな。」
──経験者には分かると思うけど、本当に不思議なもので、感情を怒りに任せている時と効率的に動ける。
──俺だけか?
とりあえず話題の断捨離ってやつのおかげで、なんだか部屋が広くなり気分もスッキリした。
お揃いだった物や、もらったプレゼント、ついでに捨てたいと思っていた物を片っ端からゴミ袋に詰め込んだ。
(アイツが来たら荷物は無理やり渡そう──)
つい先日までの自分が嘘だったかのように、アイツに泣いて縋り付く気は無くなった。
むしろ部屋が片付くと、「一人でいるのも、まあ悪く無いか。」とすら思えた。
(俺って単純。あんなに落ち込んでたのに…)
切り替えの早い自分に、つい笑ってしまう。
(……でも、捨てられた玩具の帰る場所なんて、どこにもないよな──)
──正直、俺は惚れっぽい。
特定の相手がいないタイミングで「好きだ。」とか、「付き合って欲しい。」なんて言われたら、求められることが嬉しくて相手の事もよく知らないのに付き合ってしまう。
だけど、勝手に惚れられて、一方的にフられること、すでに五回……
どうして俺ばっかりこんな目に合うんだ!
もう、さすがに恋愛にはうんざりだ。
◇
ゴミ出しも終え、やっと外に出る気分になった。
(──作るのは面倒だから何か買いに行くか……)
軽く着替え、しっかりとエコバッグを持って外へ出た。エレベーターに乗ってマンションのエントランスまで降りると人がいる。
(あれ……石田?)
あの目立つ身長と黒縁メガネは石田しかいない。偶然にしても、遭遇率があまりにも高すぎないか?
すぐさま俺は昨日のことを口止めしなくてはいけないと思い立ち、勇気を振り絞って声をかけた。
「……あ、石田!昨日ぶり!」
「先輩、元気になったんですね。」
「おかげさまで。本当に世話になったな。あのさ、ちょっと今時間あるか?」
「はい。帰って来たとこなんで大丈夫です」
石田の右手にはコンビニ袋が下がっている。
俺は周囲に人がいない事を確認し、声を落として慎重に話を切り出した。
「……昨日のあのことはなんだけどさ…見たくないもの見せて申し訳なかったんだけど、あれ、誰にも言わないでもらえないか?」
「あの事って何ですか?」
「──わかるだろ!」と、瞬時に心の中でツッコミをいれたが、内容も内容だし、気まずくて説明しづらい。
「……いや、あの…酔い潰れてた事とか?」
(ゲイで彼氏にフラれてヤケ酒してた事とか……)
しばらく待っても返事がない。
(────ん?)
俺よりひとまわりデカい石田の方をチラッと見ると、びっくりするくらいこちらを直視している。
「俺の話、聞いてた?!」
そう言って強気に出ると……
「…あー、彼氏にフラれてヤケ酒して、大泣きもしてたし、その後に他人のベッドに裸で寝てたことですか?」
「────なっ!?!」
とんでもない内容を(事実)一呼吸で言われ、静止するヒマもなかった。
(お前に人の心はないのか?!)
「ちょっ、おい。声がデカい!もうちょっとオブラートに包んで話せないのかよ!」
「はぁ……泥酔したのは先輩なのに、何ギレなんですか?秘密にして欲しいんですよね?そこは「お願いします」じゃないんですか?」
──間違いない……ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「……お願いします」
「じゃあ、今から飯おごって下さい。」
「えっ、今?!随分と急だね!…いや、まぁ良いけどさぁ…」
(どうしよう…石田響、恐るべし。しかし、ここは穏便に済ませるんだ)
「どこ行きます?焼肉?ラーメン?ファミレス?俺はどこでも良いんで決めて下さい」
淡々と提案しつつ、口数が多い。……どうやら機嫌が良いようだ。
誘ったのは正解だった。
「どこでも良いよ。石田が決めな。」
「じゃあ、居酒屋で良いですか?明日も休みだし。」
「いいよ。」
「そういえば、先輩、今どこか行こうとしてたんじゃないんですか?」
「うん、スーパーに買い出しに行こうと思ってたとこ。」
「料理とかするんですか?」
「うん、するよ。」
「へー…」
色々と質問されるとは思っていなかったので盛り上がりに欠けた返事しか出来なかった。
「あ、行きたいとこありました。近所に新しく出来た居酒屋に行きましょ。俺、昨日飲めなかったし。」
「そうだよなあ…」
(そうですね……俺の介抱してましたもんね……)
昨日のことをさり気なく蒸し返された。
気になって石田を見ると再び視線がぶつかったが、つい逸らしてしまった。
「じゃあ、そこに行こうか!」
ノリで誤魔化すのは俺の悪い癖だ。
……こうして、心理的にも物理的にも、石田響という大きな壁が立ちはだかった。